た。悪魔の弟子はさっそく大きな雀《すずめ》の形になってぼろんと飛んで行きました。
東の雲のみねはだんだん高く、だんだん白くなって、いまは空の頂上まで届くほどです。
悪魔は急いでひなげしの所へやって参りました。
「ええと、この辺じゃと云われたが、どうも門へ標札《ひょうさつ》も出してないというようなあんばいだ。一寸たずねますが、ひなげしさんたちのおすまいはどの辺ですかな。」
賢《かしこ》いテクラがドキドキしながら云いました。
「あの、ひなげしは手前どもでございます。どなたでいらっしゃいますか。」
「そう、わしは先刻|伯爵《はくしゃく》からご言伝《ことづて》になった医者ですがね。」
「それは失礼いたしました。椅子《いす》もございませんがまあどうぞこちらへ。そして私共は立派になれましょうか。」
「なりますね。まあ三服でちょっとさっきのむすめぐらいというところ。しかし薬は高いから。」
ひなげしはみんな顔色を変えてためいきをつきました。テクラがたずねました。
「一体どれ位でございましょう。」
「左様。お一人が五ビルです。」
ひなげしはしいんとしてしまいました。お医者の悪魔もあごのひげをひねったまましいんとして空をみあげています。雲のみねはだんだん崩《くず》れてしずかな金いろにかがやき、そおっと、北の方へ流れ出しました。
ひなげしはやっぱりしいんとしています。お医者もじっとやっぱりおひげをにぎったきり、花壇の遠くの方などはもうぼんやりと藍《あい》いろです。そのとき風が来ましたのでひなげしどもはちょっとざわっとなりました。
お医者もちらっと眼《め》をうごかしたようでしたがまもなくやっぱり前のようしいんと静まり返っています。
その時一番小さいひなげしが、思い切ったように云いました。
「お医者さん。わたくしおあしなんか一文もないのよ。けども少したてばあたしの頭に亜片《あへん》ができるのよ。それをみんなあげることにしてはいけなくって。」
「ほう。亜片かね。あんまり間には合わないけれどもとにかくその薬はわしの方では要《い》るんでね。よし。いかにも承知した。証文を書きなさい。」
するとみんながまるで一ぺんに叫びました。
「私もどうかそうお願いいたします。どうか私もそうお願い致《いた》します。」
お医者はまるで困ったというように額に皺《しわ》をよせて考えていましたが、
「仕方ない。よかろう。何もかもみな慈善《じぜん》のためじゃ。承知した。証文を書きなさい。」
さあ大変だあたし字なんか書けないわとひなげしどもがみんな一諸《いっしょ》に思ったとき悪魔のお医者はもう持って来た鞄《かばん》から印刷にした証書を沢山出しました。そして笑って云いました。
「ではそのわしがこの紙をひとつぱらぱらめくるからみんないっしょにこう云いなさい。
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亜片はみんな差しあげ候《そうろう》と、」
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まあよかったとひなげしどもはみんないちどにざわつきました。お医者は立って云いました。
「では」ぱらぱらぱらぱら、
「亜片はみんな差しあげ候。」
「よろしい。早速薬をあげる。一服、二服、三服とな。まずわたしがここで第一服の呪文《じゅもん》をうたう。するとここらの空気にな。きらきら赤い波がたつ。それをみんなで呑《の》むんだな。」
悪魔のお医者はとてもふしぎないい声でおかしな歌をやりました。
「まひるの草木と石土を 照らさんことを怠《おこた》りし 赤きひかりは集《つど》い来てなすすべしらに漂《ただよ》えよ。」
するとほんとうにそこらのもう浅黄《あさぎ》いろになった空気のなかに見えるか見えないような赤い光がかすかな波になってゆれました。ひなげしどもはじぶんこそいちばん美しくなろうと一生けん命その風を吸いました。
悪魔のお医者はきっと立ってこれを見渡《みわた》していましたがその光が消えてしまうとまた云いました。
「では第二服 まひるの草木と石土を 照らさんことを怠りし 黄なるひかりは集い来てなすすべしらに漂えよ」
空気へうすい蜜《みつ》のような色がちらちら波になりました。ひなげしはまた一生けん命です。
「では第三服」とお医者が云おうとしたときでした。
「おおい、お医者や、あんまり変な声を出してくれるなよ。ここは、セントジョバンニ様のお庭だからな。」ひのきが高く叫びました。
その時風がザァッとやって来ました。ひのきが高く叫びました。
「こうらにせ医者。まてっ。」
すると医者はたいへんあわてて、まるでのろしのように急に立ちあがって、滅法界《めっぽうかい》もなく大きく黒くなって、途方《とほう》もない方へ飛んで行ってしまいました。その足さきはまるで釘抜《くぎぬ》きのように尖《とが》り黒い診察鞄《しんさつかばん》もけむりのように消
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