ぃ、行ぐまちゃ。わらし達ぁ先に立ったら好《い》がべがな。」と二人のお父さんにたづねました。
「なぁに随《つい》で行ぐごたんす。どうがお願ぁ申さんすぢゃ。」お父さんは笑っておじぎをしました。
「さ、そいでぁ、まんつ、」その人は牽《ひき》づなを持ってあるき出し鈴はツァリンツァリンと鳴り馬は首を垂れてゆっくりあるきました。
 一郎は楢夫をさきに立ててそのあとに跡《つ》いて行きました。みちがよくかたまってじっさい気持ちがよく、空はまっ青にはれて、却《かへ》って少しこはいくらゐでした。
「房下がってるぢゃぃ。」にはかに楢夫が叫びました。一郎はうしろからよく聞えなかったので「何や。」とたづねました。
「あの木さ房下がってるぢゃぃ。」楢夫が又云ひました。見るとすぐ崖《がけ》の下から一本の木が立ってゐてその枝には茶いろの実がいっぱいに房になって下って居《を》りました。一郎はしばらくそれを見ました。それから少し馬におくれたので急いで追ひつきました。馬を引いた人はこの時ちょっとうしろをふりかへってこっちをすかすやうにして見ましたがまた黙ってあるきだしました。
 みちの雪はかたまってはゐましたがでこぼこでしたから馬はたびたびつまづくやうにしました。楢夫もあたりを見てあるいてゐましたのでやはりたびたびつまづきさうにしました。
「下見で歩げ。」と一郎がたびたび云ったのでした。
 みちはいつか谷川からはなれて大きな象のやうな形の丘の中腹をまはりはじめました。栗《くり》の木が何本か立って枯れた乾いた葉をいっぱい着け、鳥がちょんちょんと鳴いてうしろの方へ飛んで行きました。そして日の光がなんだか少しうすくなり雪がいままでより暗くそして却って強く光って来ました。
 そのとき向ふから一列の馬が鈴をチリンチリンと鳴らしてやって参りました。
 みちが一《ひと》むらの赤い実をつけたまゆみの木のそばまで来たとき両方の人たちは行きあひました。兄弟の先に立った馬は一寸《ちょっと》みちをよけて雪の中に立ちました。兄弟も膝《ひざ》まで雪にはひってみちをよけました。
「早ぃな。」
「早がったな。」挨拶《あいさつ》をしながら向ふの人たちや馬は通り過ぎて行きました。
 ところが一ばんおしまひの人は挨拶をしたなり立ちどまってしまひました。馬はひとりで少し歩いて行ってからうしろから「どう。」と云はれたのでとまりました。兄弟は雪の中からみちにあがり二人とならんで立ってゐた馬もみちにあがりました。ところが馬を引いた人たちはいろいろ話をはじめました。
 兄弟はしばらくは、立って自分たちの方の馬の歩き出すのを待ってゐましたがあまり待ち遠しかったのでたうとう少しづつあるき出しました。あとはもう峠を一つ越えればすぐ家でしたし、一里もないのでしたからそれに天気も少しは曇ったってみちはまっすぐにつゞいてゐるのでしたから何でもないと一郎も思ひました。
 馬をひいた人は兄弟が先に歩いて行くのを一寸《ちょっと》よこめで見てゐましたがすぐあとから追ひつくつもりらしくだまって話をつゞけました。
 楢夫はもう早くうちへ帰りたいらしくどんどん歩き出し一郎もたびたびうしろをふりかへって見ましたが馬が雪の中で茶いろの首を垂れ二人の人が話し合って白い大きな手甲がちらっと見えたりするだけでしたからやっぱり歩いて行きました。
 みちはだんだんのぼりになりつひにはすっかり坂になりましたので楢夫はたびたび膝《ひざ》に手をつっぱって「うんうん」とふざけるやうにしながらのぼりました。一郎もそのうしろからはあはあ息をついて
「よう、坂道、よう、山道」なんて云ひながら進んで行きました。
 けれどもたうとう楢夫は、つかれてくるりとこっちを向いて立ちどまりましたので、一郎はいきなりひどくぶっつかりました。
「疲《こは》いが。」一郎もはあはあしながら云ひました。来た方を見ると路《みち》は一すぢずうっと細くついて人も馬ももう丘のかげになって見えませんでした。いちめんまっ白な雪、(それは大へんくらく沈んで見えました。空がすっかり白い雲でふさがり太陽も大きな銀の盤のやうにくもって光ってゐたのです)がなだらかに起伏しそのところどころに茶いろの栗《くり》や柏《かしは》の木が三本四本づつちらばってゐるだけじつにしぃんとして何ともいへないさびしいのでした。けれども楢夫はその丘の自分たちの頭の上からまっすぐに向ふへかけおりて行く一|疋《ぴき》の鷹《たか》を見たとき高く叫びました。
「しっ、鳥だ。しゅう。」
 一郎はだまってゐました。けれどもしばらく考えてから云ひました。
「早ぐ峠越えるべ。雪降って来るぢょ。」
 ところが丁度そのときです。まっしろに光ってゐる白いそらに暗くゆるやかにつらなってゐた峠の頂の方が少しぼんやり見えて来ました。そしてまもなく小さな小さな乾
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