はこゝにはいくらでもある。一冊の本の中に小さな本がたくさんはひってゐるやうなものもある。小さな小さな形の本にあらゆる本のみな入ってゐるやうな本もある、お前たちはよく読むがいゝ。運動場もある、そこでかけることを習ふものは火の中でも行くことができる。チョコレートもある。こゝのチョコレートは大へんにいゝのだ。あげよう。」その大きな人は一寸《ちょっと》空の方を見ました。一人の天人が黄いろな三角を組みたてた模様のついた立派な鉢を捧げてまっすぐに下りて参りました。そして青い地面に降りて虔《うやうや》しくその大きな人の前にひざまづき鉢を捧げました。
「さあたべてごらん。」その大きな人は一つを楢夫にやりながらみんなに云ひました。みんなはいつか一つづつその立派な菓子を持ってゐたのです。それは一寸|嘗《な》めたときからだ中すうっと涼しくなりました。舌のさきで青い蛍のやうな色や橙《だいだい》いろの火やらきれいな花の図案になってチラチラ見えるのでした。たべてしまったときからだがピンとなりました。しばらくたってからだ中から何とも云へないいゝ匂いがぼうっと立つのでした。
「僕たちのお母さんはどっちに居るだらう。」楢夫が俄《には》かに思ひだしたやうに一郎にたづねました。
 するとその大きな人がこっちを振り向いてやさしく楢夫の頭をなでながら云ひました。
「今にお前の前のお母さんを見せてあげよう。お前はもうこゝで学校に入らなければならない。それからお前はしばらく兄さんと別れなければならない。兄さんはもう一度お母さんの所へ帰るんだから。」
 その人は一郎に云ひました。
「お前はも一度あのもとの世界に帰るのだ。お前はすなほないゝ子供だ。よくあの棘《とげ》の野原で弟を棄《す》てなかった。あの時やぶれたお前の足はいまはもうはだしで悪い剣の林を行くことができるぞ。今の心持を決して離れるな。お前の国にはこゝから沢山の人たちが行ってゐる。よく探《さが》してほんたうの道を習へ。」その人は一郎の頭を撫《な》でました。一郎はたゞ手を合せ眼を伏せて立ってゐたのです。それから一郎は空の方で力一杯に歌ってゐるいゝ声の歌を聞きました。その歌の声はだんだん変りすべての景色はぼうっと霧の中のやうに遠くなりました。たゞその霧の向ふに一本の木が白くかゞやいて立ち楢夫がまるで光って立派になって立ちながら何か云ひたさうにかすかにわらってこ
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