《おどろ》いたことはあんまり立派な人たちのそこにもこゝにも一杯なことでした。ある人人は鳥のやうに空中を翔《か》けてゐましたがその銀いろの飾りのひもはまっすぐにうしろに引いて波一つたたないのでした。すべて夏の明方のやうないゝ匂《にほひ》で一杯でした。ところが一郎は俄《には》かに自分たちも又そのまっ青な平らな平らな湖水の上に立ってゐることに気がつきました。けれどもそれは湖水だったのでせうか。いゝえ、水ぢゃなかったのです。硬かったのです。冷たかったのです、なめらかだったのです。それは実に青い宝石の板でした。板ぢゃない、やっぱり地面でした。あんまりそれがなめらかで光ってゐたので湖水のやうに見えたのです。
 一郎はさっきの人を見ました。その人はさっきとは又まるで見ちがへるやうでした。立派な瓔珞《やうらく》をかけ黄金《きん》の円光を冠《かぶ》りかすかに笑ってみんなのうしろに立ってゐました。そこに見えるどの人よりも立派でした。金と紅宝石《ルビー》を組んだやうな美しい花皿を捧《ささ》げて天人たちが一郎たちの頭の上をすぎ大きな碧《あを》や黄金のはなびらを落して行きました。
 そのはなびらはしづかにしづかにそらを沈んでまゐりました。
 さっきのうすくらい野原で一緒だった人たちはいまみな立派に変ってゐました。一郎は楢夫を見ました。楢夫がやはり黄金《きん》いろのきものを着、瓔珞《やうらく》も着けてゐたのです。それから自分を見ました。一郎の足の傷や何かはすっかりなほっていまはまっ白に光りその手はまばゆくいゝ匂《にほひ》だったのです。
 みんなはしばらくたゞよろこびの声をあげるばかりでしたがそのうちに一人の子が云ひました。
「此処《ここ》はまるでいゝんだなあ、向ふにあるのは博物館かしら。」
 その巨《おほ》きな光る人が微笑《わら》って答へました。
「うむ。博物館もあるぞ。あらゆる世界のできごとがみんな集まってゐる。」
 そこで子供らは俄《には》かにいろいろなことを尋ね出しました。一人が云ひました。
「こゝには図書館もあるの。僕アンデルゼンのおはなしやなんかもっと読みたいなあ。」
一人が云ひました。
「こゝの運動場なら何でも出来るなあ、ボールだって投げたってきっとどこまでも行くんだ。」
 非常に小さな子は云ひました。
「僕はチョコレートがほしいなあ。」
 その巨きな人はしづかに答へました。
「本
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