からだを夢のやうに横の方に見たのです。にはかにあたりがぼんやりくらくなりました。それから黒くなりました。追はれて行く子供らの青じろい列ばかりその中に浮いて見えました。
だんだん眼が闇《やみ》になれて来た時一郎はその中のひろい野原にたくさんの黒いものがじっと座ってゐるのを見ました。微《かす》かな青びかりもありました。それらはみなからだ中黒い長い髪の毛で一杯に覆はれてまっ白な手足が少し見えるばかりでした。その中の一つがどういふわけか一寸《ちょっと》動いたと思ひますと俄《には》かにからだもちぎれるやうな叫び声をあげてもだえまはりました。そしてまもなくその声もなくなって一かけの泥のかたまりのやうになってころがるのを見ました。そしてだんだん眼がなれて来たときその闇の中のいきものは刀の刃のやうに鋭い髪の毛でからだを覆はれてゐること一寸でも動けばすぐからだを切ることがわかりました。
その中をしばらくしばらく行ってからまたあたりが少し明るくなりました。そして地面はまっ赤でした。前の方の子供らが突然|烈《はげ》しく泣いて叫びました。列もとまりました。鞭《むち》の音や鬼の怒り声が雹《ひょう》や雷のやうに聞えて来ました。一郎のすぐ前を楢夫がよろよろしてゐるのです。まったく野原のその辺は小さな瑪瑙《めなう》のかけらのやうなものでできてゐて行くものの足を切るのでした。
鬼は大きな鉄の沓《くつ》をはいてゐました。その歩くたびに瑪瑙はガリガリ砕けたのです。一郎のまはりからも叫び声が沢山起りました。楢夫も泣きました。
「私たちはどこへ行くんですか。どうしてこんなつらい目にあふんですか。」楢夫はとなりの子にたづねました。
「あたしは知らない。痛い。痛いなぁ。おっかさん。」その子はぐらぐら頭をふって泣き出しました。
「何を云ってるんだ。みんなきさまたちの出かしたこった。どこへ行くあてもあるもんか。」
うしろで鬼が咆《ほ》えて又鞭をならしました。
野はらの草はだんだん荒くだんだん鋭くなりました。前の方の子供らは何べんも倒れては又力なく起きあがり足もからだも傷つき、叫び声や鞭《むち》の音はもうそれだけでも倒れさうだったのです。
楢夫がいきなり思ひ出したやうに一郎にすがりついて泣きました。
「歩け。」鬼が叫びました。鞭が楢夫を抱いた一郎の腕をうちました。一郎の腕はしびれてわからなくなってただびく
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