やうにはしましたけれどもその眼には黒い色も見えなかったのです。一郎はもうあらんかぎりの力を出してそこら中いちめんちらちらちらちら白い火になって燃えるやうに思ひながら楢夫を肩にしてさっきめざした方へ走りました。足がうごいてゐるかどうかもわからずからだは何か重い巌《いは》に砕かれて青びかりの粉になってちらけるやう何べんも何べんも倒れては又楢夫を抱き起して泣きながらしっかりとかゝへ夢のやうに又走り出したのでした。それでもいつか一郎ははじめにめざしたうすあかるい処《ところ》に来ては居ました。けれどもそこは決していゝ処ではありませんでした。却《かへ》って一郎はからだ中凍ったやうに立ちすくんでしまひました。すぐ眼の前は谷のやうになった窪地《くぼち》でしたがその中を左から右の方へ何ともいへずいたましいなりをした子供らがぞろぞろ追はれて行くのでした。わづかばかりの灰いろのきれをからだにつけた子もあれば小さなマントばかりはだかに着た子もありました。瘠《や》せて青ざめて眼ばかり大きな子、髪の赭《あか》い小さな子、骨の立った小さな膝《ひざ》を曲げるやうにして走って行く子、みんなからだを前にまげておどおど何かを恐れ横を見るひまもなくたゞふかくふかくため息をついたり声を立てないで泣いたり、ぞろぞろ追はれるやうに走って行くのでした。みんな一郎のやうに足が傷《きずつ》いてゐたのです。そして本たうに恐ろしいことはその子供らの間を顔のまっ赤な大きな人のかたちのものが灰いろの棘《とげ》のぎざぎざ生えた鎧《よろひ》を着て、髪などはまるで火が燃えてゐるやう、たゞれたやうな赤い眼をして太い鞭《むち》を振りながら歩いて行くのでした。その足が地面にあたるときは地面はがりがり鳴りました。一郎はもう恐ろしさに声も出ませんでした。
楢夫ぐらゐの髪のちゞれた子が列の中に居ましたがあんまり足が痛むと見えてたうとうよろよろつまづきました。そして倒れさうになって思はず泣いて
「痛いよう。おっかさん。」と叫んだやうでした。するとすぐ前を歩いて行ったあの恐ろしいものは立ちどまってこっちを振り向きました。その子はよろよろして恐ろしさに手をあげながらうしろへ遁《に》げようとしましたら忽《たちま》ちその恐ろしいものの口がぴくっとうごきばっと鞭が鳴ってその子は声もなく倒れてもだえました。あとから来た子供らはそれを見てもたゞふらふらと避
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