時にはかにまぶしい黄金《きん》の日光が一郎の足もとに流れて来ました。
 顔をあげて見ますと入口がパッとあいて向ふの山の雪がつんつんと白くかゞやきお父さんがまっ黒に見えながら入って来たのでした。
「起ぎだのが。昨夜《ゆべな》寒ぐなぃがったが。」
「いゝえ。」
「火ぁ消《け》でらたもな。おれぁ二度起ぎで燃やした。さあ、口|漱《すす》げ、飯《まま》でげでら、楢夫。」
「うん。」
「家ど山どどっちぁ好《い》い。」
「山の方ぁい、い※[#小書き平仮名ん、241−7]とも学校さ行がれなぃもな。」
 するとお父さんが鍋《なべ》を少しあげながら笑ひました。一郎は立ちあがって外に出ました。楢夫もつづいて出ました。
 何といふきれいでせう。空がまるで青びかりでツルツルしてその光はツンツンと二人の眼にしみ込みまた太陽を見ますとそれは大きな空の宝石のやうに橙《だいだい》や緑やかゞやきの粉をちらしまぶしさに眼をつむりますと今度はその蒼黒《あをぐろ》いくらやみの中に青あをと光って見えるのです、あたらしく眼をひらいては前の青ぞらに桔梗《ききゃう》いろや黄金《きん》やたくさんの太陽のかげぼふしがくらくらとゆれてかゝってゐます。
 一郎はかけひの水を手にうけました。かけひからはつららが太い柱になって下までとゞき、水はすきとほって日にかゞやきまたゆげをたてていかにも暖かさうに見えるのでしたがまことはつめたく寒いのでした。一郎はすばやく口をそゝぎそれから顔もあらひました。
 それからあんまり手がつめたいのでお日さまの方へ延ばしました。それでも暖まりませんでしたからのどにあてました。
 その時|楢夫《ならを》も一郎のとほりまねをしてやってゐましたが、たうとうつめたくてやめてしまひました。まったく楢夫の手は霜やけで赤くふくれてゐました。一郎はいきなり走って行って
「冷《つめ》だぁが。」と云ひながらそのぬれた小さな赤い手を両手で包んで暖めてやりました。
 さうして二人は又小屋の中にはひりました。
 お父さんは火を見ながらじっと何か考へ、鍋はことこと鳴ってゐました。
 二人も座りました。
 日はもうよほど高く三本の青い日光の棒もだいぶ急になりました。
 向ふの山の雪は青ぞらにくっきりと浮きあがり見てゐますと何だかこゝろが遠くの方へ行くやうでした。
 にはかにそのいたゞきにパッとけむりか霧のやうな白いぼんやりした
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