ひかりの素足
宮沢賢治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)萱《かや》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)口|漱《すす》げ

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)今朝方《けさかだ》だ※[#小書き平仮名た、240−7]
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      一、山小屋

 鳥の声があんまりやかましいので一郎は眼をさましました。
 もうすっかり夜があけてゐたのです。
 小屋の隅から三本の青い日光の棒が斜めにまっすぐに兄弟の頭の上を越して向ふの萱《かや》の壁の山刀やはむばきを照らしてゐました。
 土間のまん中では榾《ほだ》が赤く燃えてゐました。日光の棒もそのけむりのために青く見え、またそのけむりはいろいろなかたちになってついついとその光の棒の中を通って行くのでした。
「ほう、すっかり夜ぁ明げだ。」一郎はひとりごとを云《い》ひながら弟の楢夫《ならを》の方に向き直りました。楢夫の顔はりんごのやうに赤く口をすこしあいてまだすやすや睡《ねむ》って居ました。白い歯が少しばかり見えてゐましたので一郎はいきなり指でカチンとその歯をはじきました。
 楢夫は目をつぶったまゝ一寸《ちょっと》顔をしかめましたがまたすうすう息をしてねむりました。
「起ぎろ、楢夫、夜ぁ明げだ、起ぎろ。」一郎は云ひながら楢夫の頭をぐらぐらゆすぶりました。
 楢夫はいやさうに顔をしかめて何かぶつぶつ云ってゐましたがたうとううすく眼を開きました。そしていかにもびっくりしたらしく
「ほ、山さ来てらたもな。」とつぶやきました。
「昨夜《ゆべな》、今朝方《けさかだ》だ※[#小書き平仮名た、240−7]がな、火ぁ消《け》でらたな、覚《おべ》だが。」
 一郎が云ひました。
「知らなぃ。」
「寒くてさ。お父さん起ぎて又燃やしたやうだっけぁ。」
 楢夫は返事しないで何かぼんやりほかのことを考えてゐるやうでした。
「お父さん外《そど》で稼《かせ》ぃでら。さ、起ぎべ。」
「うん。」
 そこで二人は一所《いっしょ》にくるまって寝た小さな一枚の布団から起き出しました。そして火のそばに行きました。楢夫はけむさうにめをこすり一郎はじっと火を見てゐたのです。
 外では谷川がごうごうと流れ鳥がツンツン鳴きました。
 その
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