ぐりどもの前にすわつてゐました。まるで奈良《なら》のだいぶつさまにさんけいするみんなの絵のやうだと一郎はおもひました。別当がこんどは、革鞭《かはむち》を二三べん、ひゆうぱちつ、ひゆう、ぱちつと鳴らしました。
空が青くすみわたり、どんぐりはぴかぴかしてじつにきれいでした。
「裁判ももう今日で三日目だぞ、いゝ加減になかなほりをしたらどうだ。」山ねこが、すこし心配さうに、それでもむりに威張つて言ひますと、どんぐりどもは口々に叫びました。
「いえいえ、だめです、なんといつたつて頭のとがつてるのがいちばんえらいんです。そしてわたしがいちばんとがつてゐます。」
「いゝえ、ちがひます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのはわたしです。」
「大きなことだよ。大きなのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばん大きいからわたしがえらいんだよ。」
「さうでないよ。わたしのはうがよほど大きいと、きのふも判事さんがおつしやつたぢやないか。」
「だめだい、そんなこと。せいの高いのだよ。せいの高いことなんだよ。」
「押しつこのえらいひとだよ。押しつこをしてきめるんだよ。」もうみんな、がやがやがやがや言つて、なにがなんだか、まるで蜂《はち》の巣をつゝついたやうで、わけがわからなくなりました。そこでやまねこが叫びました。
「やかましい。こゝをなんとこゝろえる。しづまれ、しづまれ。」
別当がむちをひゆうぱちつとならしましたのでどんぐりどもは、やつとしづまりました。やまねこは、ぴんとひげをひねつて言ひました。
「裁判ももうけふで三日目だぞ。いゝ加減に仲なほりしたらどうだ。」
すると、もうどんぐりどもが、くちぐちに云ひました。
「いえいえ、だめです。なんといつたつて、頭のとがつてゐるのがいちばんえらいのです。」
「いゝえ、ちがひます。まるいのがえらいのです。」
「さうでないよ。大きなことだよ。」がやがやがやがや、もうなにがなんだかわからなくなりました。山猫《やまねこ》が叫びました。
「だまれ、やかましい。こゝをなんと心得る。しづまれしづまれ。」
別当が、むちをひゆうぱちつと鳴らしました。山猫がひげをぴんとひねつて言ひました。
「裁判ももうけふで三日目だぞ。いゝ加減になかなほりをしたらどうだ。」
「いえ、いえ、だめです。あたまのとがつたものが……。」がやがやがやがや。
山ねこが叫びました。
「やかましい。こゝをなんとこゝろえる。しづまれ、しづまれ。」
別当が、むちをひゆうぱちつと鳴らし、どんぐりはみんなしづまりました。山猫が一郎にそつと申しました。
「このとほりです。どうしたらいゝでせう。」
一郎はわらつてこたへました。
「そんなら、かう言ひわたしたらいゝでせう。このなかでいちばんばかで、めちやくちやで、まるでなつてゐないやうなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです。」
山猫《やまねこ》はなるほどといふふうにうなづいて、それからいかにも気取つて、繻子《しゆす》のきものの胸《えり》を開いて、黄いろの陣羽織をちよつと出してどんぐりどもに申しわたしました。
「よろしい。しづかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちやくちやで、てんでなつてゐなくて、あたまのつぶれたやうなやつが、いちばんえらいのだ。」
どんぐりは、しいんとしてしまひました。それはそれはしいんとして、堅まつてしまひました。
そこで山猫は、黒い繻子の服をぬいで、額の汗をぬぐひながら、一郎の手をとりました。別当も大よろこびで、五六ぺん、鞭《むち》をひゆうぱちつ、ひゆうぱちつ、ひゆうひゆうぱちつと鳴らしました。やまねこが言ひました。
「どうもありがたうございました。これほどのひどい裁判を、まるで一分半でかたづけてくださいました。どうかこれからわたしの裁判所の、名誉判事になつてください。これからも、葉書が行つたら、どうか来てくださいませんか。そのたびにお礼はいたします。」
「承知しました。お礼なんかいりませんよ。」
「いゝえ、お礼はどうかとつてください。わたしのじんかくにかゝはりますから。そしてこれからは、葉書にかねた一郎どのと書いて、こちらを裁判所としますが、ようございますか。」
一郎が「えゝ、かまひません。」と申しますと、やまねこはまだなにか言ひたさうに、しばらくひげをひねつて、眼をぱちぱちさせてゐましたが、たうとう決心したらしく言ひ出しました。
「それから、はがきの文句ですが、これからは、用事これありに付き、明日《みやうにち》出頭すべしと書いてどうでせう。」
一郎はわらつて言ひました。
「さあ、なんだか変ですね。そいつだけはやめた方がいゝでせう。」
山猫は、どうも言ひやうがまづかつた、いかにも残念だといふふうに、しばらくひげをひねつたまゝ、下を向
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