いてゐましたが、やつとあきらめて言ひました。
「それでは、文句はいままでのとほりにしませう。そこで今日のお礼ですが、あなたは黄金《きん》のどんぐり一升と、塩鮭《しほざけ》のあたまと、どつちをおすきですか。」
「黄金《きん》のどんぐりがすきです。」
 山猫は、鮭《しやけ》の頭でなくて、まあよかつたといふやうに、口早に馬車別当に云ひました。
「どんぐりを一升早くもつてこい。一升にたりなかつたら、めつきのどんぐりもまぜてこい。はやく。」
 別当は、さつきのどんぐりをますに入れて、はかつて叫びました。
「ちやうど一升あります。」
 山ねこの陣羽織が風にばたばた鳴りました。そこで山ねこは、大きく延びあがつて、めをつぶつて、半分あくびをしながら言ひました。
「よし、はやく馬車のしたくをしろ。」白い大きなきのこでこしらへた馬車が、ひつぱりだされました。そしてなんだかねずみいろの、をかしな形の馬がついてゐます。
「さあ、おうちへお送りいたしませう。」山猫が言ひました。二人は馬車にのり別当は、どんぐりのますを馬車のなかに入れました。
 ひゆう、ぱちつ。
 馬車は草地をはなれました。木や藪《やぶ》がけむりのやうにぐらぐらゆれました。一郎は黄金《きん》のどんぐりを見、やまねこはとぼけたかほつきで、遠くをみてゐました。
 馬車が進むにしたがつて、どんぐりはだんだん光がうすくなつて、まもなく馬車がとまつたときは、あたりまへの茶いろのどんぐりに変つてゐました。そして、山ねこの黄いろな陣羽織も、別当も、きのこの馬車も、一度に見えなくなつて、一郎はじぶんのうちの前に、どんぐりを入れたますを持つて立つてゐました。
 それからあと、山ねこ拝といふはがきは、もうきませんでした。やつぱり、出頭すべしと書いてもいゝと言へばよかつたと、一郎はときどき思ふのです。



底本:「宮沢賢治全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年1月28日第1刷発行
   2004(平成16)年4月25日第20刷発行
初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社
   1924(大正13)年12月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年2月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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