を引いて、六平を呼び留めました。秋の十五夜でした。
「あいや、しばらく待て。そちは何と申す」
「へいへい。私は六平と申します」
「六平とな。そちは金貸しを業《わざ》と致しおるな」
「へいへい。御意《ぎょい》の通りでございます。手元の金子《きんす》は、すべて、只今《ただいま》ご用立致しております」
「いやいや、拙者《せっしゃ》が借りようと申すのではない。どうじゃ。金貸しは面白かろう」
「へい、御冗談、へいへい。御意の通りで」
「拙者に少しく不用の金子がある。それに遠国に参る所じゃ。預かっておいてもらえまいか。もっとも拙者も数々敵を持つ身じゃ。万一途中相果てたなれば、金子はそのままそちに遣わす。どうじゃ」
「へい。それはきっとお預かりいたしまするでございます」
「左様か。あいや。金子はこれにじゃ。そち自ら蓋《ふた》を開いて一応改めくれい。エイヤ。はい。ヤッ」さむらいはふところから白いたすきを取り出して、たちまち十字にたすきをかけ、ごわりと袴《はかま》のもも立ちを取り、とんとんとんと土手の方へ走りましたが、ちょっとかがんで土手のかげから、千両ばこを一つ持って参りました。
 ははあ、こいつはき
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