ばらくみんなしぃんとして待った。けれどもやっぱり、魚は一ぴきも浮いて来なかった。
「さっぱり魚、浮ばなぃよ。」三郎が叫んだ。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]はびくっとしたけれども、まだ一しんに水を見てゐた。
「魚さっぱり浮ばなぃよ。」ぺ吉が、また向ふの木の下で云った。するともう子どもらは、がやがや云ひ出して、みんな水に飛び込んでしまった。
しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、しばらくきまり悪さうに、しゃがんで水を見てゐたけれど、たうとう立って、
「鬼っこしないか。」と云った。
「する、する。」みんなは叫んで、じゃんけんをするために、水の中から手を出した。泳いでゐたものは、急いでせいの立つところまで行って手を出した。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が、ぼくにもはひらないかと云ったから、もちろんぼくは、はじめから怒ってゐたのでもないし、すぐ手を出した。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、はじめに、昨日あの変な鼻の尖《とが》った人の上《のぼ》って行った崖《がけ》の下の、青いぬるぬるした粘土のところを根っこ[#「根っこ」に傍点]にきめた。そこに取りついてゐれば、鬼は押へることができない。それから、はさみ無しの一人まけかち[#「はさみ無しの一人まけかち」に傍点]で、じゃんけんをした。ところが、悦治はひとりはさみを出したので、みんなにうんとはやされたほかに鬼になった。悦治は、唇《くちびる》を紫いろにして、河原を走って、喜作を押へたもんだから、鬼は二人になった。それからぼくらは、砂っぱの上や淵を、あっちへ行ったり、こっちへ来たり、押へたり押へられたり、何べんも鬼っこ[#「鬼っこ」に傍点]をした。
しまひにたうとう、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]一人が鬼になった。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]はまもなく吉郎《きちらう》をつかまへた。ぼくらはみんな、さいかちの木の下に居てそれを見てゐた。するとしゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が、吉郎、汝《おまい》、上流《かみ》から追って来い、追へ、追へ、と云ひながら、自分はだまって立って見てゐた。吉郎は、口をあいて手をひろげて、上流《かみ》から粘土の上を追って来た。みんなは淵へ飛び込む仕度をした。ぼくは楊《やなぎ》の木にのぼった。そのとき吉郎が、たぶんあの上流《かみ》の粘土が、足についてたためだったらう、みんなの前ですべってころんでしまった。みんなは、わあわあ叫んで、吉郎をはねこえたり、水に入ったりして、上流《かみ》の青い粘土の根に上《あが》ってしまった。
「しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]、来《こ》。」三郎は立って、口を大きくあいて、手をひろげて、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]をばかにした。するとしゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、さっきからよっぽど怒ってゐたと見えて、
「ようし、見てろ。」と云ひながら、本気になって、ざぶんと水に飛び込んで、一生けん命、そっちの方へ泳いで行った。子どもらは、すっかり恐《こは》がってしまった。第一、その粘土のところはせまくて、みんながはひれなかったし、それに大へんつるつるすべる傾斜になってゐたものだから、下の方の四五人などは上の人につかまるやうにして、やっと川へすべり落ちるのをふせいでゐた。三郎だけが、いちばん上で落ち着いて、さあ、みんな、とか何とか相談らしいことをはじめた。みんなもそこで、頭をあつめて聞いてゐる。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、ぼちゃぼちゃ、もう近くまで行ってゐた。みんなは、ひそひそはなしてゐる。するとしゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、いきなり両手で、みんなへ水をかけ出した。みんながばたばた防いでゐたら、だんだん粘土がすべって来て、なんだかすこうし下へずれたやうになった。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]はよろこんで、いよいよ水をはねとばした。するとみんなは、ぼちゃんぼちゃんと一度に水にすべって落ちた。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、それを片っぱしからつかまへた。三郎ひとり、上をまはって泳いで遁《に》げたら、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]はすぐに追ひ付いて、押へたほかに、腕をつかんで、四五へんぐるぐる引っぱりまはした。三郎は、水を呑《の》んだと見えて、霧をふいて、ごほごほむせて、泣くやうにしながら、
「おいらもうやめた。こんな鬼っこもうしない。」と云った。子どもらはみんな砂利に上《あが》ってしまった。三郎もあがった。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、そっと、あの青い石を投げたところをのぞきながら、さいかちの樹の下に立ってゐた。
ところが、そのときはもう、そらがいっぱいの黒い雲で、楊《やなぎ》も変に白っぽくなり、蝉ががあがあ鳴いてゐて、そこらはなんとも云はれない、恐ろしい景色にかはってゐた。
そのうちに、いきなり林の上のあたりで、雷が鳴
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