になった。
そのころ誰かが、
「あ、生洲、打壊《ぶっこは》すとこだぞ。」と叫んだ。見ると、一人の変に鼻の尖《とが》った、洋服を着てわらぢをはいた人が、鉄砲でもない槍《やり》でもない、をかしな光る長いものを、せなかにしょって、手にはステッキみたいな鉄槌《かなづち》をもって、ぼくらの魚を、ぐちゃぐちゃ掻《か》きまはしてゐるのだ。みんな怒って、何か云はうとしてゐるうちに、その人は、びちゃびちゃ岸をあるいて行って、それから淵のすぐ上流《かみ》の浅瀬をこっちへわたらうとした。ぼくらはみんな、さいかちの樹《き》にのぼって見てゐた。ところがその人は、すぐに河をわたるでもなく、いかにもわらぢや脚絆《きゃはん》の汚なくなったのを、そのまゝ洗ふといふふうに、もう何べんも行ったり来たりするもんだから、ぼくらはいよいよ、気持ちが悪くなってきた。そこで、たうとう、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が云った。
「お、おれ先に叫ぶから、みんなあとから、一二三で叫ぶこだ。いいか。
あんまり川を濁すなよ、
いつでも先生《せんせ》云ふでなぃか。一、二ぃ、三。」
「あんまり川を濁すなよ、
いつでも先生《せんせ》云ふでなぃか。」
その人は、びっくりしてこっちを見たけれども、何を云ったのか、よくわからないといふやうすだった。そこでぼくらはまた云った。
「あんまり川を濁すなよ、
いつでも先生《せんせ》、云ふでなぃか。」
鼻の尖《とが》った人は、すぱすぱと、煙草《たばこ》を吸ふときのやうな口つきで云った。
「この水|呑《の》むのか、ここらでは。」
「あんまり川をにごすなよ、
いつでも先生《せんせ》云ふでなぃか。」
鼻の尖った人は、少し困ったやうにして、また云った。
「川をあるいてわるいのか。」
「あんまり川をにごすなよ、
いつでも先生《せんせ》云ふでなぃか。」
その人は、あわてたのをごまかすやうに、わざとゆっくり、川をわたって、それから、アルプスの探検みたいな姿勢をとりながら、青い粘土と赤砂利の崖《がけ》をななめにのぼって、せなかにしょった長いものをぴかぴかさせながら、上の豆畠《まめばたけ》へはひってしまった。ぼくらも何だか気の毒なやうな、をかしながらんとした気持ちになった。そこで、一人づつ木からはね下りて、河原に泳ぎついて、魚を手拭《てぬぐひ》につつんだり、手にもったりして、家《うち》に帰った。
八月十四日
しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、今日は、毒もみ[#「毒もみ」に傍点]の丹礬《たんぱん》をもって来た。あのトラホームの眼《め》のふちを擦《こす》る青い石だ。あれを五かけ、紙に包んで持って来て、ぼくをさそった。巡査に押へられるよと云ったら、田から流れて来たと云へばいいと云った。けれども毒もみは卑怯《ひけふ》だから、ぼくは厭《いや》だと答へたら、しゅっこは少し顔いろを変へて、卑怯でないよ、みみずなんかで、だまして取るよりいゝと云って、あとはあんまり、ぼくとは口を利かなかった。その代りしゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、そこら中を、一軒ごとにさそって歩いて、いいことをして見せるからあつまれと云って、まるで小さなこどもらまで、たくさん集めた。
ぼくらは、蝉《せみ》が雨のやうに鳴いてゐるいつもの松林を通って、それから、祭のときの瓦斯《ガス》のやうな匂《にほひ》のむっとする、ねむの河原を急いで抜けて、いつものさいかち淵《ぶち》に行った。今日なら、もうほんたうに立派な雲の峰が、東でむくむく盛りあがり、みみづくの頭の形をした鳥《てう》ヶ森《もり》も、ぎらぎら青く光って見えた。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が、あんまり急いで行くもんだから、小さな子どもらは、追ひつくために、まるで半分|馳《か》けた。みんな急いで着物をぬいで、淵の岸に立つと、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が云った。
「ちゃんと一列にならべ。いいか。魚浮いて来たら、泳いで行ってとれ。とった位|与《や》るぞ。いいか。」
小さなこどもらは、よろこんで顔を赤くして、押しあったりしながら、ぞろっと淵を囲んだ。ぺ吉だの三四人は、もう泳いで、さいかちの木の下まで行って待ってゐた。
しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が、大威張りで、あの青いたんぱんを、淵《ふち》の中に投げ込んだ。それから、みんなしぃんとして、水をみつめて立ってゐた。ぼくは、からだが上流《かみ》の方へ動いてゐるやうな気持ちになるのがいやなので、水を見ないで、向ふの雲の峰の上を通る黒い鳥を見てゐた。ところがそれからよほどたっても、魚は浮いて来なかった。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は大へんまじめな顔で、きちんと立って水を見てゐた。昨日|発破《はっぱ》をかけたときなら、もう十疋もとってゐたんだと、ぼくは思った。またずゐぶんし
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