手帳に書いて云いました。
「兎《うさぎ》のみみはなが……。」
「ちょっと待った。」画かきはとめました。「鉛筆が折れたんだ。ちょっと削《けず》るうち待ってくれ。」
そして画かきはじぶんの右足の靴《くつ》をぬいでその中に鉛筆を削りはじめました。柏の木は、遠くからみな感心して、ひそひそ談《はな》し合いながら見て居りました。そこで大王もとうとう言いました。
「いや、客人、ありがとう。林をきたなくせまいとの、そのおこころざしはじつに辱《かたじ》けない。」
ところが画かきは平気で
「いいえ、あとでこのけずり屑《くず》で酢《す》をつくりますからな。」
と返事したものですからさすがの大王も、すこし工合《ぐあい》が悪そうに横を向き、柏の木もみな興をさまし、月のあかりもなんだか白っぽくなりました。
ところが画かきは、削るのがすんで立ちあがり、愉快《ゆかい》そうに、
「さあ、はじめて呉《く》れ。」と云いました。
柏はざわめき、月光も青くすきとおり、大王も機嫌《きげん》を直してふんふんと云いました。
若い木は胸をはってあたらしく歌いました。
「うさぎのみみはながいけど
うまのみみよりながくない。」
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