手帳に書いて云いました。
「兎《うさぎ》のみみはなが……。」
「ちょっと待った。」画かきはとめました。「鉛筆が折れたんだ。ちょっと削《けず》るうち待ってくれ。」
 そして画かきはじぶんの右足の靴《くつ》をぬいでその中に鉛筆を削りはじめました。柏の木は、遠くからみな感心して、ひそひそ談《はな》し合いながら見て居りました。そこで大王もとうとう言いました。
「いや、客人、ありがとう。林をきたなくせまいとの、そのおこころざしはじつに辱《かたじ》けない。」
 ところが画かきは平気で
「いいえ、あとでこのけずり屑《くず》で酢《す》をつくりますからな。」
と返事したものですからさすがの大王も、すこし工合《ぐあい》が悪そうに横を向き、柏の木もみな興をさまし、月のあかりもなんだか白っぽくなりました。
 ところが画かきは、削るのがすんで立ちあがり、愉快《ゆかい》そうに、
「さあ、はじめて呉《く》れ。」と云いました。
 柏はざわめき、月光も青くすきとおり、大王も機嫌《きげん》を直してふんふんと云いました。
 若い木は胸をはってあたらしく歌いました。
「うさぎのみみはながいけど
 うまのみみよりながくない。」
「わあ、うまいうまい。ああはは、ああはは。」みんなはわらったりはやしたりしました。
「一とうしょう、白金メタル。」と画かきが手帳につけながら高く叫びました。
「ぼくのは狐《きつね》のうたです。」
 また一本の若い柏の木がでてきました。月光はすこし緑いろになりました。
「よろしいはじめっ。」
「きつね、こんこん、きつねのこ、
 月よにしっぽが燃えだした。」
「わあ、うまいうまい。わっはは、わっはは。」
「第二とうしょう、きんいろメタル。」
「こんどはぼくやります。ぼくのは猫《ねこ》のうたです。」
「よろしいはじめっ。」
「やまねこ、にゃあご、ごろごろ
 さとねこ、たっこ、ごろごろ。」
「わあ、うまいうまい。わっはは、わっはは。」
「第三とうしょう、水銀メタル。おい、みんな、大きいやつも出るんだよ。どうしてそんなにぐずぐずしてるんだ。」画かきが少し意地わるい顔つきをしました。
「わたしのはくるみの木のうたです。」
 すこし大きな柏《かしわ》の木がはずかしそうに出てきました。
「よろしい、みんなしずかにするんだ。」
 柏の木はうたいました。
「くるみはみどりのきんいろ、な、
 風にふかれて  すいすいすい、
 くるみはみどりの天狗《てんぐ》のおうぎ、
 風にふかれて  ばらんばらんばらん、
 くるみはみどりのきんいろ、な、
 風にふかれて  さんさんさん。」
「いいテノールだねえ。うまいねえ、わあわあ。」
「第|四《し》とうしょう、ニッケルメタル。」
「ぼくのはさるのこしかけです。」
「よし、はじめ。」
 柏の木は手を腰《こし》にあてました。
「こざる、こざる、
 おまえのこしかけぬれてるぞ、
 霧《きり》、ぽっしゃん ぽっしゃん ぽっしゃん、
 おまえのこしかけくされるぞ。」
「いいテノールだねえ、いいテノールだねえ、うまいねえ、うまいねえ、わあわあ。」
「第五とうしょう、とたんのメタル。」
「わたしのはしゃっぽのうたです。」それはあの入口から三ばん目の木でした。
「よろしい。はじめ。」
「うこんしゃっぽのカンカラカンのカアン
 あかいしゃっぽのカンカラカンのカアン。」
「うまいうまい。すてきだ。わあわあ。」
「第六とうしょう、にせがねメタル。」
 このときまで、しかたなくおとなしく聞いていた清作が、いきなり叫びだしました。
「なんだ、この歌にせものだぞ。さっきひとのうたったのまねしたんだぞ。」
「だまれ、無礼もの、その方などの口を出すところでない。」柏の木大王がぶりぶりしてどなりました。
「なんだと、にせものだからにせものと云ったんだ。生意気いうと、あした斧《おの》をもってきて、片っぱしから伐《き》ってしまうぞ。」
「なにを、こしゃくな。その方などの分際でない。」
「ばかを云え、おれはあした、山主の藤助《とうすけ》にちゃんと二升酒を買ってくるんだ」
「そんならなぜおれには買わんか。」
「買ういわれがない。」
「買え。」
「いわれがない。」
「よせ、よせ、にせものだからにせがねのメタルをやるんだ。あんまりそう喧嘩《けんか》するなよ。さあ、そのつぎはどうだ。出るんだ出るんだ。」
 お月さまの光が青くすきとおってそこらは湖の底のようになりました。
「わたしのは清作のうたです。」
 またひとりの若い頑丈《がんじょう》そうな柏の木が出ました。
「何だと、」清作が前へ出てなぐりつけようとしましたら画かきがとめました。
「まあ、待ちたまえ。君のうただって悪口《わるぐち》ともかぎらない。よろしい。はじめ。」
 柏の木は足をぐらぐらしながらうたいました。
「清作は
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