このような笑いかたをしました。
 そして二人はずうっと木の間を通って、柏の木大王のところに来ました。
 大王は大小とりまぜて十九《じゅうく》本の手と、一本の太い脚とをもって居《お》りました。まわりにはしっかりしたけらいの柏どもが、まじめにたくさんがんばっています。
 画かきは絵の具ばこをカタンとおろしました。すると大王はまがった腰《こし》をのばして、低い声で画かきに云いました。
「もうお帰りかの。待ってましたじゃ。そちらは新らしい客人じゃな。が、その人はよしなされ。前科者じゃぞ。前科|九十八犯《くじゅうはっぱん》じゃぞ。」
 清作が怒ってどなりました。
「うそをつけ、前科者だと。おら正直だぞ。」
 大王もごつごつの胸を張って怒りました。
「なにを。証拠はちゃんとあるじゃ。また帳面にも載《の》っとるじゃ。貴《き》さまの悪い斧《おの》のあとのついた九十八の足さきがいまでもこの林の中にちゃんと残っているじゃ。」
「あっはっは。おかしなはなしだ。九十八の足さきというのは、九十八の切株《きりかぶ》だろう。それがどうしたというんだ。おれはちゃんと、山主の藤助《とうすけ》に酒を二|升《しょう》買ってあるんだ。」
「そんならおれにはなぜ酒を買わんか。」
「買ういわれがない」
「いや、ある、沢山《たくさん》ある。買え」
「買ういわれがない」
 画かきは顔をしかめて、しょんぼり立ってこの喧嘩《けんか》をきいていましたがこのとき、俄《にわ》かに林の木の間から、東の方を指さして叫《さけ》びました。
「おいおい、喧嘩はよせ。まん円い大将に笑われるぞ。」
 見ると東のとっぷりとした青い山脈の上に、大きなやさしい桃《もも》いろの月がのぼったのでした。お月さまのちかくはうすい緑いろになって、柏《かしわ》の若い木はみな、まるで飛びあがるように両手をそっちへ出して叫びました。
「おつきさん、おつきさん、おっつきさん、
 ついお見外《みそ》れして すみません
 あんまりおなりが ちがうので
 ついお見外れして すみません。」
 柏の木大王も白いひげをひねって、しばらくうむうむと云いながら、じっとお月さまを眺《なが》めてから、しずかに歌いだしました。
「こよいあなたは ときいろの
 むかしのきもの つけなさる
 かしわばやしの このよいは
 なつのおどりの だいさんや

 やがてあなたは みずいろの
 きょうのきものを つけなさる
 かしわばやしの よろこびは
 あなたのそらに かかるまま。」
 画かきがよろこんで手を叩きました。
「うまいうまい。よしよし。夏のおどりの第三夜。みんな順々にここに出て歌うんだ。じぶんの文句でじぶんのふしで歌うんだ。一等賞から九等《くとう》賞まではぼくが大きなメタルを書いて、明日《あした》枝《えだ》にぶらさげてやる。」
 清作もすっかり浮《う》かれて云いました。
「さあ来い。へたな方の一等から九等までは、あしたおれがスポンと切って、こわいとこへ連れてってやるぞ。」
 すると柏《かしわ》の木大王が怒りました。
「何を云うか。無礼者。」
「何が無礼だ。もう九本《くほん》切るだけは、とうに山主の藤助《とうすけ》に酒を買ってあるんだ。」
「そんならおれにはなぜ買わんか。」
「買ういわれがない。」
「いやある、沢山ある。」
「ない。」
 画かきが顔をしかめて手をせわしく振《ふ》って云いました。
「またはじまった。まあぼくがいいようにするから歌をはじめよう。だんだん星も出てきた。いいか、ぼくがうたうよ。賞品のうただよ。
 一とうしょうは 白金メタル
 二とうしょうは きんいろメタル
 三とうしょうは すいぎんメタル
 四とうしょうは ニッケルメタル
 五とうしょうは とたんのメタル
 六とうしょうは にせがねメタル
 七とうしょうは なまりのメタル
 八とうしょうは ぶりきのメタル
 九とうしょうは マッチのメタル
 十とうしょうから百とうしょうまで
 あるやらないやらわからぬメタル。」
 柏の木大王が機嫌を直してわははわははと笑いました。
 柏の木どもは大王を正面に大きな環《わ》をつくりました。
 お月さまは、いまちょうど、水いろの着ものと取りかえたところでしたから、そこらは浅い水の底のよう、木のかげはうすく網《あみ》になって地に落ちました。
 画かきは、赤いしゃっぽもゆらゆら燃えて見え、まっすぐに立って手帳をもち鉛筆《えんぴつ》をなめました。
「さあ、早くはじめるんだ。早いのは点がいいよ。」
 そこで小さな柏の木が、一本ひょいっと環のなかから飛びだして大王に礼をしました。
 月のあかりがぱっと青くなりました。
「おまえのうたは題はなんだ。」画かきは尤《もっと》もらしく顔をしかめて云いました。
「馬と兎《うさ》です。」
「よし、はじめ、」画かきは
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