うまいねえ、わあわあ。」
「第|四《し》とうしやう、ニツケルメタル。」
「ぼくのはさるのこしかけです。」
「よし、はじめ。」
柏の木は手を腰にあてました。
「こざる、こざる、
おまへのこしかけぬれてるぞ、
霧、ぽつしやん ぽつしやん ぽつしやん、
おまへのこしかけくされるぞ。」
「いゝテノールだねえ、いゝテノールだねえ、うまいねえ、うまいねえ、わあわあ。」
「第五とうしやう、とたんのメタル。」
「わたしのはしやつぽのうたです。」それはあの入口から三ばん目の木でした。
「よろしい。はじめ。」
「うこんしやつぽのカンカラカンのカアン
あかいしやつぽのカンカラカンのカアン。」
「うまいうまい。すてきだ。わあわあ。」
「第六とうしやう、にせがねメタル。」
このときまで、しかたなくおとなしくきいてゐた清作が、いきなり叫びだしました。
「なんだ、この歌にせものだぞ。さつきひとのうたつたのまねしたんだぞ。」
「だまれ、無礼もの、その方などの口を出すところでない。」柏《かしは》の木大王がぶりぶりしてどなりました。
「なんだと、にせものだからにせものと云つたんだ。生意気いふと、あした斧《をの》をもつてきて、片つぱしから伐《き》つてしまふぞ。」
「なにを、こしやくな。その方などの分際でない。」
「ばかを云へ、おれはあした、山主の藤助《とうすけ》にちやんと二升酒を買つてくるんだ」
「そんならなぜおれには買はんか。」
「買ふいはれがない。」
「買へ。」
「いはれがない。」
「よせ、よせ、にせものだからにせがねのメタルをやるんだ。あんまりさう喧嘩《けんくわ》するなよ。さあ、そのつぎはどうだ。出るんだ出るんだ。」
お月さまの光が青くすきとほつてそこらは湖の底のやうになりました。
「わたしのは清作のうたです。」
またひとりの若い頑丈《ぐわんぢやう》さうな柏の木が出ました。
「何だと、」清作が前へ出てなぐりつけようとしましたら画《ゑ》かきがとめました。
「まあ、待ちたまへ。君のうただつて悪口《わるぐち》ともかぎらない。よろしい。はじめ。」柏の木は足をぐらぐらしながらうたひました。
「清作は、一等卒の服を着て
野原に行つて、ぶだうをたくさんとつてきた。
と斯《か》うだ。だれかあとをつゞけてくれ。」
「ホウ、ホウ。」柏の木はみんなあらしのやうに、清作をひやかして叫びました。
「第|七《しち》とうしやう、なまりのメタル。」
「わたしがあとをつけます。」さつきの木のとなりからすぐまた一本の柏の木がとびだしました。
「よろしい、はじめ。」
かしはの木はちらつと清作の方を見て、ちよつとばかにするやうにわらひましたが、すぐまじめになつてうたひました。
「清作は、葡萄《ぶだう》をみんなしぼりあげ
砂糖を入れて
瓶《びん》にたくさんつめこんだ。
おい、だれかあとをつゞけてくれ。」
「ホツホウ、ホツホウ、ホツホウ、」柏《かしは》の木どもは風のやうな変な声をだして清作をひやかしました。
清作はもうとびだしてみんなかたつぱしからぶんなぐつてやりたくてむずむずしましたが、画《ゑ》かきがちやんと前に立ちふさがつてゐますので、どうしても出られませんでした。
「第八等、ぶりきのメタル。」
「わたしがつぎをやります。」さつきのとなりから、また一本の柏の木がとびだしました。
「よし、はじめつ。」
「清作が 納屋にしまつた葡萄酒《ぶだうしゆ》は
順序たゞしく
みんなはじけてなくなつた。」
「わつはつはつは、わつはつはつは、ホツホウ、ホツホウ、ホツホウ。がやがやがや……。」
「やかましい。きさまら、なんだつてひとの酒のことなどおぼえてやがるんだ。」清作が飛び出さうとしましたら、画かきにしつかりつかまりました。
「第|九《く》とうしやう。マツチのメタル。さあ、次だ、次だ、出るんだよ。どしどし出るんだ。」
ところがみんなは、もうしんとしてしまつて、ひとりもでるものがありませんでした。
「これはいかん。でろ、でろ、みんなでないといかん。でろ。」画かきはどなりましたが、もうどうしても誰《たれ》も出ませんでした。
仕方なく画かきは、
「こんどはメタルのうんといゝやつを出すぞ。早く出ろ。」と云ひましたら、柏の木どもははじめてざわつとしました。
そのとき林の奥の方で、さらさらさらさら音がして、それから、
「のろづきおほん、のろづきおほん、
おほん、おほん、
ごぎのごぎのおほん、
おほん、おほん、」
とたくさんのふくろふどもが、お月さまのあかりに青じろくはねをひるがへしながら、するするするする出てきて、柏の木の頭の上や手の上、肩やむねにいちめんにとまりました。
立派な金モールをつけたふくろふの大将が、上手に音もたてないで飛んできて、柏の木大王の前に出ました。そのまつ赤な眼のくまが、じつに奇体に見えました。よほどの年老《としよ》りらしいのでした。
「今晩は、大王どの、また高貴の客人がた、今晩はちやうどわれわれの方でも、飛び方と握《つか》み裂き術との大試験であつたのぢやが、たゞいまやつと終りましたぢや。
ついてはこれから聯合《れんがふ》で、大乱舞会をはじめてはどうぢやらう。あまりにもたへなるうたのしらべが、われらのまどゐのなかにまで響いて来たによつて、このやうにまかり出ましたのぢや。」
「たへなるうたのしらべだと、畜生。」清作が叫びました。
柏《かしは》の木大王がきこえないふりをして大きくうなづきました。
「よろしうござる。しごく結構でござらう。いざ、早速とりはじめるといたさうか。」
「されば、」梟《ふくろふ》の大将はみんなの方に向いてまるで黒砂糖のやうな甘つたるい声でうたひました。
「からすかんざゑもんは
くろいあたまをくうらりくらり、
とんびとうざゑもんは
あぶら一升でとうろりとろり、
そのくらやみはふくろふの
いさみにいさむものゝふが
みゝずをつかむときなるぞ
ねとりを襲ふときなるぞ。」
ふくろふどもはもうみんなばかのやうになつてどなりました。
「のろづきおほん、
おほん、おほん、
ごぎのごぎおほん、
おほん、おほん。」
かしはの木大王が眉《まゆ》をひそめて云ひました。
「どうもきみたちのうたは下等ぢや。君子のきくべきものではない。」
ふくろふの大将はへんな顔をしてしまひました。すると赤と白の綬《じゆ》をかけたふくろふの副官が笑つて云ひました。
「まあ、こんやはあんまり怒らないやうにいたしませう。うたもこんどは上等のをやりますから。みんな一しよにをどりませう。さあ木の方も鳥の方も用意いゝか。
おつきさんおつきさん まんまるまるゝゝん
おほしさんおほしさん ぴかりぴりるゝん
かしははかんかの かんからからゝゝん
ふくろはのろづき おつほゝゝゝゝゝん。」
かしはの木は両手をあげてそりかへつたり、頭や足をまるで天上に投げあげるやうにしたり、一生けん命踊りました。それにあはせてふくろふどもは、さつさつと銀いろのはねを、ひらいたりとぢたりしました。じつにそれがうまく合つたのでした。月の光は真珠のやうに、すこしおぼろになり、柏の木大王もよろこんですぐうたひました。
「雨はざあざあ ざつざゞゞゞゞあ
風はどうどう どつどゞゞゞゞう
あられぱらぱらぱらぱらつたゝあ
雨はざあざあ ざつざゞゞゞゞあ」
「あつだめだ、霧が落ちてきた。」とふくろふの副官が高く叫びました。
なるほど月はもう青白い霧にかくされてしまつてぼおつと円く見えるだけ、その霧はまるで矢のやうに林の中に降りてくるのでした。
柏《かしは》の木はみんな度をうしなつて、片脚をあげたり両手をそつちへのばしたり、眼をつりあげたりしたまゝ化石したやうにつつ立つてしまひました。
冷たい霧がさつと清作の顔にかゝりました。画《ゑ》かきはもうどこへ行つたか赤いしやつぽだけがはふり出してあつて、自分はかげもかたちもありませんでした。
霧の中を飛び術のまだできてゐないふくろふの、ばたばた遁《に》げて行く音がしました。
清作はそこで林を出ました。柏の木はみんな踊のまゝの形で残念さうに横眼で清作を見送りました。
林を出てから空を見ますと、さつきまでお月さまのあつたあたりはやつとぼんやりあかるくて、そこを黒い犬のやうな形の雲がかけて行き、林のずうつと向ふの沼森のあたりから、
「赤いしやつぽのカンカラカンのカアン。」と画かきが力いつぱい叫んでゐる声がかすかにきこえました。
底本:「宮沢賢治全集 8」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年1月28日第1刷発行
入力:あきら
校正:伊藤時也
2003年4月28日作成
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