るも火花のいのち
太刀の軋《きし》りの消えぬひま
  dah−dah−dah−dah−dah−sko−dah−dah
太刀は稲妻萱穂《いなづまかやぼ》のさやぎ
獅子の星座《せいざ》に散る火の雨の
消えてあとない天《あま》のがはら
打つも果てるもひとつのいのち
  dah−dah−dah−dah−dah−sko−dah−dah
[#地付き]※[#始め二重パーレン、1−2−54]一九二二、八、三一※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
[#改ページ]

  グランド電柱


あめと雲とが地面に垂れ
すすきの赤い穂も洗はれ
野原はすがすがしくなつたので
花巻《はなまき》グランド電柱《でんちゆう》の
百の碍子《がいし》にあつまる雀

掠奪のために田にはひり
うるうるうるうると飛び
雲と雨とのひかりのなかを
すばやく花巻大三叉路《はなまきだいさんさろ》の
百の碍子にもどる雀
[#地付き](一九二二、九、七)
[#改ページ]

  山巡査


おお
何といふ立派な楢だ
緑の勲爵士《ナイト》だ
雨にぬれてまつすぐに立つ緑の勲爵士《ナイト》だ

栗の木ばやしの青いくらがりに
しぶきや雨にびしやびしや洗はれてゐる
その長いものは一体舟か
それともそりか
あんまりロシヤふうだよ

沼に生えるものはやなぎやサラド
きれいな蘆《よし》のサラドだ
[#地付き](一九二二、九、七)
[#改ページ]

  電線工夫


でんしんばしらの気まぐれ碍子の修繕者
雲とあめとの下のあなたに忠告いたします
それではあんまりアラビアンナイト型です
からだをそんなに黒くかつきり鍵にまげ
外套の裾もぬれてあやしく垂れ
ひどく手先を動かすでもないその修繕は
あんまりアラビアンナイト型です
あいつは悪魔のためにあの上に
つけられたのだと云はれたとき
どうあなたは弁解をするつもりです
[#地付き](一九二二、九、七)
[#改ページ]

  たび人


あめの稲田の中を行くもの
海坊主林《うみばうずばやし》のはうへ急ぐもの
雲と山との陰気のなかへ歩くもの
もつと合羽をしつかりしめろ
[#地付き](一九二二、九、七)
[#改ページ]

  竹と楢


煩悶《はんもん》ですか
煩悶ならば
雨の降るとき
竹と楢《なら》との林の中がいいのです
  (おまへこそ髪を刈れ)
竹と楢との青い林の中がいいのです
  (おまへこそ髪を刈れ
   そんな髪をしてゐるから
   そんなことも考へるのだ)
[#地付き](一九二二、九、七)
[#改ページ]

  銅線


おい 銅線をつかつたな
とんぼのからだの銅線をつかひ出したな
   はんのき はんのき
   交錯|光乱転《くわうらんてん》
気圏日本では
たうとう電線に銅をつかひ出した
  (光るものは碍子
   過ぎて行くものは赤い萱の穂)
[#地付き](一九二二、九、一七)
[#改ページ]

  滝沢野


光波測定《くわうはそくてい》の誤差《ごさ》から
から松のしんは徒長《とちやう》し
柏の木の烏瓜《からすうり》ランタン
  (ひるの鳥は曠野に啼き
   あざみは青い棘に遷《うつ》る)
太陽が梢に発射するとき
暗い林の入口にひとりたたずむものは
四角な若い樺の木で
Green Dwarf といふ品種
日光のために燃え尽きさうになりながら
燃えきらず青くけむるその木
羽虫は一疋づつ光り
鞍掛や銀の錯乱
   (寛政十一年は百二十年前です)
そらの魚の涎《よだ》れはふりかかり
天末線《スカイライン》の恐ろしさ
[#地付き](一九二二、九、一七)
[#改丁、ページの左右中央に]

       東岩手火山

[#改ページ]

  東岩手火山


 月は水銀 後夜《ごや》の喪主《もしゆ》
 火山|礫《れき》は夜《よる》の沈澱《ちんでん》
 火口の巨《おほ》きなゑぐりを見ては
 たれもみんな愕くはずだ
  (風としづけさ)
 いま漂着《へうちやく》する薬師|外輪山《ぐわいりんざん》
 頂上の石標もある
  (月光は水銀 月光は水銀)
※[#始め二重パーレン、1−2−54]こんなことはじつにまれです
向ふの黒い山……つて それですか
それはここのつづきです
ここのつづきの外輪山です
あすこのてつぺんが絶頂です
向ふの?
向ふのは御室火口です
これから外輪山をめぐるのですけれども
いまはまだなんにも見えませんから
もすこし明るくなつてからにしませう
えゝ 太陽が出なくても
あかるくなつて
西岩手火山のはうの火口湖やなにか
見えるやうにさへなればいいんです
お日さまはあすこらへんで拝みます※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
 黒い絶頂の右肩と
 そのときのまつ赤な太陽
 わたくしは見てゐる
 あんまり真赤な幻想の太陽だ
※[#始め二重パーレン、1−2−54]いまなん時です
三時四十分?
ちやうど一時間
いや四十分ありますから
寒いひとは提灯でも持つて
この岩のかげに居てください※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
 ああ 暗い雲の海だ
※[#始め二重パーレン、1−2−54]向ふの黒いのはたしかに早池峰です
線になつて浮きあがつてるのは北上山地です
 うしろ?
 あれですか
あれは雲です 柔らかさうですね
雲が駒ヶ岳に被さつたのです
水蒸気を含んだ風が
駒ヶ岳にぶつつかつて
上にあがり
あんなに雲になつたのです
鳥海山《てうかいさん》は見えないやうです
けれども
夜が明けたら見えるかもしれませんよ※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
  (柔かな雲の波だ
   あんな大きなうねりなら
   月光会社の五千噸の汽船も
   動揺を感じはしないだらう
   その質は
   蛋白石 glass−wool
   あるいは水酸化礬土の沈澱)
※[#始め二重パーレン、1−2−54]じつさいこんなことは稀なのです
わたくしはもう十何べんも来てゐますが
こんなにしづかで
そして暖かなことはなかつたのです
麓の谷の底よりも
さつきの九合の小屋よりも
却つて暖かなくらゐです
今夜のやうなしづかな晩は
つめたい空気は下へ沈んで
霜さへ降らせ
暖い空気は
上に浮んで来るのです
これが気温の逆転です※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
 御室火口の盛《も》りあがりは
 月のあかりに照らされてゐるのか
 それともおれたちの提灯のあかりか
 提灯だといふのは勿体ない
 ひはいろで暗い
※[#始め二重パーレン、1−2−54]それではもう四十分ばかり
寄り合つて待つておいでなさい
さうさう 北はこつちです
北斗七星は
いま山の下の方に落ちてゐますが
北斗星はあれです
それは小熊座といふ
あの七つの中なのです
それから向ふに
縦に三つならんだ星が見えませう
下には斜めに房が下つたやうになり
右と左とには
赤と青と大きな星がありませう
あれはオリオンです オライオンです
あの房の下のあたりに
星雲があるといふのです
いま見えません
その下のは大犬のアルフア
冬の晩いちばん光つて目立《めだ》つやつです
夏の蝎とうら表です
さあみなさん ご勝手におあるきなさい
向ふの白いのですか
雪ぢやありません
けれども行つてごらんなさい
まだ一時間もありますから
私もスケツチをとります※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
 はてな わたくしの帳面の
 書いた分がたつた三枚になつてゐる
 事によると月光のいたづらだ
 藤原が提灯を見せてゐる
 ああ頁が折れ込んだのだ
 さあでは私はひとり行かう
 外輪山の自然な美しい歩道の上を
 月の半分は赤銅《しやくどう》 地球照《アースシヤイン》
※[#始め二重パーレン、1−2−54]お月さまには黒い処もある※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
 ※[#始め二重パーレン、1−2−54]後|藤《どう》又兵衛いつつも拝んだづなす※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
 私のひとりごとの反響に
 小田島|治衛《はるゑ》が云つてゐる
※[#始め二重パーレン、1−2−54]山中鹿之助だらう※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
 もうかまはない 歩いていゝ
   どつちにしてもそれは善《い》いことだ
二十五日の月のあかりに照らされて
薬師火口の外輪山をあるくとき
わたくしは地球の華族である
蛋白石の雲は遥にたゝへ
オリオン 金牛 もろもろの星座
澄み切り澄みわたつて
瞬きさへもすくなく
わたくしの額の上にかがやき
 さうだ オリオンの右肩から
 ほんたうに鋼青の壮麗が
 ふるへて私にやつて来る

三つの提灯は夢の火口原の
白いとこまで降りてゐる
※[#始め二重パーレン、1−2−54]雪ですか 雪ぢやないでせう※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
困つたやうに返事してゐるのは
雪でなく 仙人草のくさむらなのだ
さうでなければ高陵土《カオリンゲル》
残りの一つの提灯は
一升のところに停つてゐる
それはきつと河村慶助が
外套の袖にぼんやり手を引つ込めてゐる
※[#始め二重パーレン、1−2−54]御室《おむろ》の方の火口へでもお入りなさい
噴火口へでも入つてごらんなさい
硫黄のつぶは拾へないでせうが※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
斯んなによく声がとゞくのは
メガホーンもしかけてあるのだ
しばらく躊躇してゐるやうだ
 ※[#始め二重パーレン、1−2−54]先生 中さ入《はひ》つてもいがべすか※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
※[#始め二重パーレン、1−2−54]えゝ おはひりなさい 大丈夫です※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
提灯が三つ沈んでしまふ
そのでこぼこのまつ黒の線
すこしのかなしさ
けれどもこれはいつたいなんといふいゝことだ
大きな帽子をかぶり
ちぎれた繻子のマントを着て
薬師火口の外輪山の
しづかな月明を行くといふのは

この石標は
下向の道と書いてあるにさうゐない
火口のなかから提灯が出て来た
宮沢の声もきこえる
雲の海のはてはだんだん平らになる
それは一つの雲平線《うんぴやうせん》をつくるのだ
雲平線をつくるのだといふのは
月のひかりのひだりから
みぎへすばやく擦過した
一つの夜の幻覚だ
いま火口原の中に
一点しろく光《ひか》るもの
わたくしを呼んでゐる呼んでゐるのか
私は気圏オペラの役者です
鉛筆のさやは光り
速かに指の黒い影はうごき
唇を円くして立つてゐる私は
たしかに気圏オペラの役者です
また月光と火山塊のかげ
向ふの黒い巨きな壁は
熔岩か集塊岩 力強い肩だ
とにかく夜があけてお鉢廻りのときは
あすこからこつちへ出て来るのだ
なまぬるい風だ
これが気温の逆転だ
  (つかれてゐるな
   わたしはやつぱり睡いのだ)
火山弾には黒い影
その妙好《めうかう》の火口丘には
幾条かの軌道のあと
鳥の声!
鳥の声!
海抜六千八百尺の
月明をかける鳥の声
鳥はいよいよしつかりとなき
私はゆつくりと踏み
月はいま二つに見える
やつぱり疲れからの乱視なのだ

かすかに光る火山塊の一つの面
オリオンは幻怪《げんくわい》
月のまはりは熟した瑪瑙と葡萄
あくびと月光の動転《どうてん》
    (あんまりはねあるぐなぢやい
     汝《うな》ひとりだらいがべあ
     子供等《わらしやど》も連れでて目にあへば
     汝《うな》ひとりであすまないんだぢやい)
火口丘《くわこうきう》の上には天の川の小さな爆発
みんなのデカンシヨの声も聞える
月のその銀の角のはじが
潰れてすこし円くなる
天の海とオーパルの雲
あたたかい空気は
ふつと撚《より》になつて飛ばされて来る
きつと屈折率も低く
濃い蔗糖溶液《しよたうようえき》に
また水を加へたやうなのだらう
東は淀み
提灯《ちやうちん》はもとの火口の上に立つ
また口笛を吹いてゐる
わたくしも戻る
わたくしの影を見たのか提灯も戻る
  (その影は鉄いろの背景の
   ひとりの修羅に見える筈だ)
さう考へたのは間違ひらしい
とにかくあくびと影ぼふし
空のあの辺の星は微かな散点
すな
前へ 次へ
全12ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング