こからかすかな苦扁桃《くへんたう》の匂がくる
すつかり荒《す》さんだひるまになつた
どうだこの天|頂《ちやう》の遠いこと
このものすごいそらのふち
愉快な雲雀《ひばり》もとうに吸ひこまれてしまつた
かあいさうにその無窮遠《むきゆうゑん》の
つめたい板の間《ま》にへたばつて
瘠せた肩をぷるぷるしてるにちがひない
もう冗談ではなくなつた
画かきどものすさまじい幽霊が
すばやくそこらをはせぬけるし
雲はみんなリチウムの紅い焔をあげる
それからけはしいひかりのゆきき
くさはみな褐藻類にかはられた
こここそわびしい雲の焼け野原
風のヂグザグや黄いろの渦
そらがせはしくひるがへる
なんといふとげとげしたさびしさだ
 (どうなさいました 牧師さん)
あんまりせいが高すぎるよ
 (ご病気ですか
  たいへんお顔いろがわるいやうです)
 (いやありがたう
  べつだんどうもありません
  あなたはどなたですか)
 (わたくしは保安掛りです)
いやに四かくな背《はい》嚢だ
そのなかに苦味丁幾《くみちんき》や硼酸《はうさん》や
いろいろはひつてゐるんだな
 (さうですか
  今日なんかおつとめも大へんでせう
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