『春と修羅』
宮沢賢治
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)蠕虫舞手《アンネリダタンツエーリン》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)郵便|脚夫《きやくふ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「(靜−爭)+定」、第4水準2−91−94]
*:原注
(例)(あめゆじゆとてちてけんじや)*
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目次
『春と修羅』
序
春と修羅
屈折率
くらかけの雪
日輪と太市
丘の眩惑
カーバイト倉庫
コバルト山地
ぬすびと
恋と病熱
春と修羅
春光呪咀
有明
谷
陽ざしとかれくさ
雲の信号
風景
習作
休息
おきなぐさ
かはばた
真空溶媒
真空溶媒
蠕虫舞手《アンネリダタンツエーリン》
小岩井農場
小岩井農場
グランド電柱
林と思想
霧とマツチ
芝生
青い槍の葉
報告
風景観察官
岩手山
高原
印象
高級の霧
電車
天然誘接
原体剣舞連《はらたいけんばひれん》
グランド電柱
山巡査
電線工夫
たび人
竹と楢
銅線
滝沢野
東岩手火山
東岩手火山
犬
マサニエロ
栗鼠と色鉛筆
無声慟哭
永訣の朝
松の針
無声慟哭
風林
白い鳥
オホーツク挽歌
青森挽歌
オホーツク挽歌
樺太鉄道
鈴谷平原
噴火湾(ノクターン)
風景とオルゴール
不貪慾戒
雲とはんのき
宗教風の恋
風景とオルゴール
風の偏倚
昴
第四梯形
火薬と紙幣
過去情炎
一本木野
鎔岩流
イーハトヴの氷霧
冬と銀河ステーシヨン
[#改丁、ページの左右中央に]
心象スケツチ
春と修羅
大正十一、二年
[#改丁]
序
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケツチです
これらについて人や銀河や修羅や海胆は
宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
みんなのおのおののなかのすべてですから)
けれどもこれら新生代沖積世の
巨大に明るい時間の集積のなかで
正しくうつされた筈のこれらのことばが
わづかその一点にも均しい明暗のうちに
(あるいは修羅の十億年)
すでにはやくもその組立や質を変じ
しかもわたくしも印刷者も
それを変らないとして感ずることは
傾向としてはあり得ます
けだしわれわれがわれわれの感官や
風景や人物をかんずるやうに
そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに
記録や歴史 あるいは地史といふものも
それのいろいろの論料《データ》といつしよに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじてゐるのに過ぎません
おそらくこれから二千年もたつたころは
それ相当のちがつた地質学が流用され
相当した証拠もまた次次過去から現出し
みんなは二千年ぐらゐ前には
青ぞらいつぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発掘したり
あるいは白堊紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません
すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます
大正十三年一月廿日[#地付き]宮沢賢治
[#改丁、ページの左右中央に]
春と修羅
[#改ページ]
屈折率
七つ森のこつちのひとつが
水の中よりもつと明るく
そしてたいへん巨きいのに
わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ
このでこぼこの雪をふみ
向ふの縮れた亜鉛《あえん》の雲へ
陰気な郵便|脚夫《きやくふ》のやうに
(またアラツデイン 洋燈《ラムプ》とり)
急がなければならないのか
[#地付き](一九二二、一、六)
[#改ページ]
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