栗鼠と色鉛筆


樺の向ふで日はけむる
つめたい露でレールはすべる
靴革の料理のためにレールはすべる
朝のレールを栗鼠は横切る
横切るとしてたちどまる
尾は der Herbst
 日はまつしろにけむりだし
栗鼠は走りだす
  水そばの苹果緑《アツプルグリン》と石竹《ピンク》
たれか三角やまの草を刈つた
ずゐぶんうまくきれいに刈つた
緑いろのサラアブレツド
  日は白金をくすぼらし
  一れつ黒い杉の槍
その早池峰《はやちね》と薬師岳との雲環《うんくわん》は
古い壁画のきららから
再生してきて浮きだしたのだ
  色鉛筆がほしいつて
  ステツドラアのみじかいペンか
  ステツドラアのならいいんだが
  来月にしてもらひたいな
  まああの山と上の雲との模様を見ろ
  よく熟してゐてうまいから
[#地付き](一九二二、一〇、一五)
[#改丁、ページの左右中央に]

       無声慟哭

[#改ページ]

  永訣の朝


けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   (あめゆじゆとてちてけんじや)*
うすあかくいつそう陰惨《いんざん》な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜《じゆんさい》のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀《たうわん》に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛《さうえん》いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系《にさうけい》をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松
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