よぐ出はら)
から松の芽の緑玉髄《クリソプレース》
かけて行く雲のこつちの射手《しやしゆ》は
またもつたいらしく銃を構へる
 (三時の次あ何時だべす)
 (五時だべが ゆぐ知らない)
過燐酸石灰のヅツク袋
水溶《すゐよう》十九と書いてある
学校のは十五%だ
雨はふるしわたくしの黄いろな仕事着もぬれる
遠くのそらではそのぼとしぎどもが
大きく口をあいてビール瓶のやうに鳴り
灰いろの咽喉の粘膜に風をあて
めざましく雨を飛んでゐる
少しばかり青いつめくさの交つた
かれくさと雨の雫との上に
菩薩樹《まだ》皮の厚いけらをかぶつて
さつきの娘たちがねむつてゐる
爺《ぢい》さんはもう向ふへ行き
射手は肩を怒らして銃を構へる
  (ぼとしぎのつめたい発動機は……)
ぼとしぎはぶうぶう鳴り
いつたいなにを射たうといふのだ
爺さんの行つた方から
わかい農夫がやつてくる
かほが赤くて新鮮にふとり
セシルローズ型の円い肩をかゞめ
燐酸のあき袋をあつめてくる
二つはちやんと肩に着てゐる
  (降つてげだごとなさ)
  (なあにすぐ霽れらんす)
火をたいてゐる
赤い焔もちらちらみえる
農夫も戻るしわたくしもついて行かう
これらのからまつの小さな芽をあつめ
わたくしの童話をかざりたい
ひとりのむすめがきれいにわらつて起きあがる
みんなはあかるい雨の中ですうすうねむる
  (うな いいをなごだもな)
にはかにそんなに大声にどなり
まつ赤になつて石臼のやうに笑ふのは
このひとは案外にわかいのだ
すきとほつて火が燃えてゐる
青い炭素のけむりも立つ
わたくしもすこしあたりたい
  (おらも中《あだ》つでもいがべが)
  (いてす さあおあだりやんせ)
  (汽車三時すか)
  (三時四十分
   まだ一時にもならないも)
火は雨でかへつて燃える
自由射手《フライシユツツ》は銀のそら
ぼとしぎどもは鳴らす鳴らす
すつかりぬれた 寒い がたがたする

   パート九[#ゴシック体]

すきとほつてゆれてゐるのは
さつきの剽悍《へうかん》な四本のさくら
わたくしはそれを知つてゐるけれども
眼にははつきり見てゐない
たしかにわたくしの感官の外《そと》で
つめたい雨がそそいでゐる
 (天の微光にさだめなく
  うかべる石をわがふめば
  おゝユリア しづくはいとど降りまさり
  カシオペーアはめぐり行く)
ユリア
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