といふ小さな荷物を
載つけるといふ気軽《きがる》なふうで
馬車にのぼつてこしかける
(わづかの光の交錯《かうさく》だ)
その陽《ひ》のあたつたせなかが
すこし屈んでしんとしてゐる
わたくしはあるいて馬と並ぶ
これはあるいは客馬車だ
どうも農場のらしくない
わたくしにも乗れといへばいい
馭者がよこから呼べばいい
乗らなくたつていゝのだが
これから五里もあるくのだし
くらかけ山の下あたりで
ゆつくり時間もほしいのだ
あすこなら空気もひどく明瞭で
樹でも艸でもみんな幻燈だ
もちろんおきなぐさも咲いてゐるし
野はらは黒ぶだう酒《しゆ》のコツプもならべて
わたくしを款待するだらう
そこでゆつくりとどまるために
本部まででも乗つた方がいい
今日ならわたくしだつて
馬車に乗れないわけではない
(あいまいな思惟の蛍光《けいくわう》
きつといつでもかうなのだ)
もう馬車がうごいてゐる
(これがじつにいゝことだ
どうしようか考へてゐるひまに
それが過ぎて滅《な》くなるといふこと)
ひらつとわたくしを通り越す
みちはまつ黒の腐植土で
雨《あま》あがりだし弾力もある
馬はピンと耳を立て
その端《はじ》は向ふの青い光に尖り
いかにもきさくに馳けて行く
うしろからはもうたれも来ないのか
つつましく肩をすぼめた停車|場《ば》と
新開地風の飲食店《いんしよくてん》
ガラス障子はありふれてでこぼこ
わらぢや sun−maid のから函や
夏みかんのあかるいにほひ
汽車からおりたひとたちは
さつきたくさんあつたのだが
みんな丘かげの茶褐部落や
繋《つなぎ》あたりへ往くらしい
西にまがつて見えなくなつた
いまわたくしは歩測のときのやう
しんかい地ふうのたてものは
みんなうしろに片|附《づ》けた
そしてこここそ畑になつてゐる
黒馬が二ひき汗でぬれ
犁《プラウ》をひいて往つたりきたりする
ひはいろのやはらかな山のこつちがはだ
山ではふしぎに風がふいてゐる
嫩葉《わかば》がさまざまにひるがへる
ずうつと遠くのくらいところでは
鶯もごろごろ啼いてゐる
その透明な群青のうぐひすが
(ほんたうの鶯の方はドイツ読本の
ハンスがうぐひすでないよと云つた)
馬車はずんずん遠くなる
大きくゆれるしはねあがる
紳士もかろくはねあがる
このひとはもうよほど世間をわたり
いまは青ぐろいふちのやうなとこへ
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