の景象ををさめてゐる
わたくしがここを環に掘つてしまふあひだ
その雫が落ちないことをねがふ
なぜならいまこのちひさなアカシヤをとつたあとで
わたくしは鄭重《ていちよう》にかがんでそれに唇をあてる
えりをりのシヤツやぼろぼろの上着をきて
企らむやうに肩をはりながら
そつちをぬすみみてゐれば
ひじやうな悪漢《わるもの》にもみえようが
わたくしはゆるされるとおもふ
なにもかもみんなたよりなく
なにもかもみんなあてにならない
これらげんしやうのせかいのなかで
そのたよりない性《せい》質が
こんなきれいな露になつたり
いぢけたちひさなまゆみの木を
紅《べに》からやさしい月光いろまで
豪奢な織物に染めたりする
そんならもうアカシヤの木もほりとられたし
いまはまんぞくしてたうぐはをおき
わたくしは待つてゐたこひびとにあふやうに
鷹揚《おうやう》にわらつてその木のしたへゆくのだけれども
それはひとつの情炎《じやうえん》だ
もう水いろの過去になつてゐる
[#地付き](一九二三、一〇、一五)
[#改ページ]
一本木野
松がいきなり明るくなつて
のはらがぱつとひらければ
かぎりなくかぎりなくかれくさは日に燃え
電信ばしらはやさしく白い碍子をつらね
ベーリング市までつづくとおもはれる
すみわたる海蒼《かいさう》の天と
きよめられるひとのねがひ
からまつはふたたびわかやいで萌え
幻聴の透明なひばり
七時雨《ななしぐれ》の青い起伏は
また心象のなかにも起伏し
ひとむらのやなぎ木立は
ボルガのきしのそのやなぎ
天椀《てんわん》の孔雀石にひそまり
薬師岱赭《やくしたいしや》のきびしくするどいもりあがり
火口の雪は皺ごと刻み
くらかけのびんかんな稜《かど》は
青ぞらに星雲をあげる
(おい かしは
てめいのあだなを
やまのたばこの木つていふつてのはほんたうか)
こんなあかるい穹窿《きゆうりゆう》と草を
はんにちゆつくりあるくことは
いつたいなんといふおんけいだらう
わたくしはそれをはりつけとでもとりかへる
こひびととひとめみることでさへさうでないか
(おい やまのたばこの木
あんまりへんなをどりをやると
未来派だつていはれるぜ)
わたくしは森やのはらのこひびと
蘆《よし》のあひだをがさがさ行けば
つつましく折られたみどりいろの通信は
いつかぽけつと
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