堺なのだ
見たまへこの電車だつて
軌道から青い火花をあげ
もう蝎かドラゴかもわからず
一心に走つてゐるのだ
(豆ばたけのその喪神《さうしん》のあざやかさ)
どうしてもこの貨物車の壁はあぶない
わたくしが壁といつしよにここらあたりで
投げだされて死ぬことはあり得過ぎる
金をもつてゐるひとは金があてにならない
からだの丈夫なひとはごろつとやられる
あたまのいいものはあたまが弱い
あてにするものはみんなあてにならない
たゞもろもろの徳ばかりこの巨きな旅の資糧で
そしてそれらもろもろの徳性は
善逝《スガタ》から来て善逝《スガタ》に至る
[#地付き](一九二三、九、一六)
[#改ページ]
第四梯形
青い抱擁衝動や
明るい雨の中のみたされない唇が
きれいにそらに溶けてゆく
日本の九月の気圏です
そらは霜の織物をつくり
萱《かや》の穂の満潮《まんてう》
(三角山《さんかくやま》はひかりにかすれ)
あやしいそらのバリカンは
白い雲からおりて来て
早くも七つ森第一|梯形《ていけい》の
松と雑木《ざふぎ》を刈《か》りおとし
野原がうめばちさうや山羊の乳や
沃度の匂で荒れて大へんかなしいとき
汽車の進行ははやくなり
ぬれた赤い崖や何かといつしよに
七つ森第二梯形の
新鮮な地被《ちひ》が刈り払はれ
手帳のやうに青い卓状台地《テーブルランド》は
まひるの夢をくすぼらし
ラテライトのひどい崖から
梯形第三のすさまじい羊歯や
こならやさるとりいばらが滑り
(おお第一の紺青の寂寥)
縮れて雲はぎらぎら光り
とんぼは萱の花のやうに飛んでゐる
(萱の穂は満潮
萱の穂は満潮)
一本さびしく赤く燃える栗の木から
七つ森の第四|伯林青《べるりんせい》スロープは
やまなしの匂の雲に起伏し
すこし日射しのくらむひまに
そらのバリカンがそれを刈る
(腐植土のみちと天の石墨)
夜風太郎の配下と子孫とは
大きな帽子を風にうねらせ
落葉松のせはしい足なみを
しきりに馬を急がせるうちに
早くも第六梯形の暗いリパライトは
ハツクニーのやうに刈られてしまひ
ななめに琥珀の陽《ひ》も射して
※[#始め二重パーレン、1−2−54]たうとうぼくは一つ勘定をまちがへた
第四か第五かをうまくそらからごまかされた※[#終わり二重
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