ぼろぼろの繻子のマント、
 あの汽車へ忘れたんですが。)
(何ばん目の車です。)………
 (二等の前の車だけぁな。)

Larix, Larix, Larix,
青い短い針を噴き、
夕陽はいまは空いっぱいのビール、
くわくこうは あっちでもこっちでも、
ぼろぼろになり 紐になって啼いてゐる。
[#地付き](一九二二ヽ六ヽ二ヽ)
[#改ページ]

  青森挽歌 三


仮睡硅酸の溶け残ったもやの中に
つめたい窓の硝子から
あけがた近くの苹果の匂が
透明な紐になって流れて来る。
それはおもてが軟玉と銀のモナド
半月の噴いた瓦斯でいっぱいだから
巻積雲のはらわたまで
月のあかりは浸みわたり
それはあやしい蛍光板になって
いよいよあやしい匂か光かを発散し
なめらかに硬い硝子さへ越えて来る。
青森だからといふのではなく
大てい月がこんなやうな暁ちかく
巻積雲にはひるとき
或いは青ぞらで溶け残るとき
必ず起る現象です。
私が夜の車室に立ちあがれば
みんなは大ていねむってゐる。
その右側の中ごろの席
青ざめたあけ方の孔雀のはね
やはらかな草いろの夢をくわらすのは
とし子、おまへのやうに見える。

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