振り返つてみますと、そこはもう水ばかりで、白い浪《なみ》が物凄《ものすご》いやうに吼《ほ》えたり、噛《か》み合つたりして、岸の方へ押掛て行くのが見えました。
 おほよそ二三十丁も来たかと思ふと、突然|眼《め》の前に立派なお城が見えました。近づいてみますと、門には竜宮といふ字を真珠を熔《と》かして書き、それを紅珊瑚《べにさんご》の玉で縁取つた素晴らしい大きな額をかけて、その中には矢張り鱗模様《うろこもやう》の着物に、魚形の冠を被《かぶ》つた番兵がついてをりました。
 正助爺さんはこの門を通つて、お城の中へ参りましたが、その美しいのに恍惚《うつとり》として、危《あやう》く竜の駒から落ちようとしたことが幾度あつたか知れません。
 とある玄関で駒をすて、迎へに出た女官につれられて立派なお坐敷《ざしき》に通り、暫《しばら》く待つてゐると、竜王と、乙姫とが沢山な家来をつれて其処へおでましになりました。
「これ正助。」と竜王は仰せられました。「お前が夕方|私《わたし》にくれた天の羽衣は、この乙姫が前から手に入れようとして、どうしても求めることの出来なかつたものぢや。それがお前の殊勝な心掛で計らずも手
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