》の夕方まで待つて下さい。」
爺さんが言葉を尽して説くものですから、その人達も納得して鶴を爺さんに売つてしまひました。
爺さんは「これは善いことをした。」と、嬉《うれ》しく思ひながら、その鶴をもつて家《うち》へ帰りました。
「婆さん/\。今帰つた。今日は売り溜《だめ》のお銭《あし》は一文も持つて来なかつたが、その代り迚《とて》も幾百両だしても買へない善《い》いお土産をもつて来た。何だか当てゝみなさい。」
爺さんは鶴を入れた風呂敷《ふろしき》の包みをとかずに、かう言ひました。
「さあ何だらうね。」と、婆さんは小首を傾けました。「私《わたし》にはさつぱり見当がつかないよ。」
「これさ、この鶴だよ。」
爺さんは風呂敷の中から、羽をいためたよぼ/\の鶴をそこへ出しました。鶴は驚いたやうな眼《め》つきでそこらを見廻《みまは》しました。
婆さんは思はずアッと叫びました。
「オヤ/\爺さん、お前さんはマア気でもちがやしないか。鶴なんかを持つて来てさ。」
爺さんはニコ/\して、
「気なんか少しもちがつてはゐない。これにはわけのあることだ。」と、それから自分が行きがかりにその鶴を救つて来たことを詳しく話してきかせましたので、婆さんも同じく慈悲深い性質でしたから、成程そんな訳だつたかと、その晩は自分達の喰べるお粥《かゆ》を分けて喰べさせ、家の片隅《かたすみ》にとまらせました。
一月あまりもかうして養つてをりました。すると鶴はいためた羽もすつかり直つて、自由にとべるやうになりました。そこで或日《あるひ》、爺さんと婆さんとは、鶴にかう言ひました。
「さあお前もすつかり丈夫になつたから、お前の好きなところへ飛んでいつてもよろしい。けれどもさう言つたからつて、是非出て行きなさいといふのぢやない。お前が此処《ここ》にゐたければ、何時《いつ》までゐたつてかまやしない。それは、お前の心まかせなんだ。」
鶴は幾度も頭を下げて、眼から涙をながしてをりましたが、軈《やが》て悲しい声を出して、羽搏《はばた》きすると同時に、空に舞ひ上りました。そして幾度も家の上をまはつて、名残りを惜みながら何処かへ飛び去りました。
月日の経《た》つのは早いものです。鶴が去つてから一月経ちました。するとその晩遅くなつてから戸を叩《たた》くものがありますから、爺さんが起きて開けてみますと、天女といふやうな美
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