いことが一つ起つて、大変失礼いたしました。」
「はあ、さうですか……成程、あなたの顔はあをいですよ。一体どんなことが起つたのですか。」
と、吉ちやんはもつたいらしく大人ぶつて言ひました。
「えゝそれはあなたに申しかねますが、実のところ、私《わたし》の一人娘が、今度世界が元へもどる拍子に、どこか身体《からだ》をぶつけたと見えて、死んでしまつたのでございます。」
 吉ちやんが何かいはうとすると、大黒様がポケツトの中から小さな声で、
「そんなことなら、僕が直《す》ぐよくしてあげますと言ひなさい。」
と、勧めました。
「さうですか、えゝと、では僕がよくしてあげませう。」
と、吉ちやんはえらさうに言ひましたので、市長は大変|悦《よろこ》びまして、吉ちやんをつれて娘のところへ来ました。大黒様はみんな人を去らしてしまへと、小さな声で吉ちやんに言ひますので、吉ちやんは、
「ではちよつとみんなこの室《へや》を去つて下さい。そして私《わたし》がよしといふまで、見てはいけません。」
と、いひつけました。
 皆《みん》なが去つてしまふと、大黒様がまた言ひました。
「またそのおしやもじの焼けない方で、娘の顔を撫《な》でるのだ。クウル、クリイル、ケーレと三べんとなへて――。早くしなさい。」
 吉ちやんがそのとほりにしますと、娘はすぐ甦《よみがへ》りました。


    五

 そこで市長は吉《よし》ちやんを大きな広間につれて行つて、沢山な御馳走《ごちさう》をしました。電燈がぴかぴかと宝石にうつつて輝き、オーケストラの音楽が鳴りひゞく。それに綺麗《きれい》に着かざつた紳士や、貴婦人が、よく活動写真で見るやうに、ダンスをしてゐます。吉ちやんは喜んで御馳走をたべながら、それを見たり聞いたりしてゐました。するとふと妙なことを考へ出しました。
 それはこんな綺麗な人達《ひとたち》が、前のやうに、逆さまになつたら、どんなものだらうか。どんな顔をするだらうかといふことでした。よく子供は股《また》の間から、逆さまに世界を見るものです。吉ちやんは股の間からではなく、ちやんとしたまゝ、世界の逆さまになつたのを見たくて仕方がなくなりました。そこで、大黒様には内しよで、そつと、例のおしやもじを出し、今度は前とは反対に、焼け焦げた方を少し向けてみますと、果して考へたとほり、舟がゆれるやうにみんなが一方へ傾きました。
「うん、これは面白いぞ。やあ変な顔をしてゐる。そら元へ返してやるぞ。」
 吉ちやんがおしやもじの焼けない方を向けると、また皆《みん》なが元気よく、踊つたり、跳ねたりします。焦げた方を向けると、皆な傾いて、心配さうな顔になる。吉ちやんは面白がつて、おしやもじをヒヨイ/\向けかへてゐるうち、ふと手に力が入りすぎて、焼けた方を向けますと、さあ大変、部屋も人もみんな宙がへりをして、それと一緒に吉ちやんもすてんとひつくりかへりました。びつくりして目がさめると、吉ちやんは自分の机に頭をつけて、眠つてゐたことが分りました。



底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「日本文芸童話集 上」興文社・文藝春秋社
   1927(昭和2)年10月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1923(大正12)年4月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2005年12月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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