鳩の鳴く時計
宮原晃一郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)鳩《はと》が
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)お炙《きう》[#「炙」はママ]をすゑられる
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ごく/\
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一
一時間ごと、三十分ごとに、時計の上の方にある小さな戸を押し開いて、赤いくちばしをした鳩《はと》が顔を出して、時間の数だけホウホウとなく時計のあることは、みなさん御存じでせうね。わたしが今こゝにお話しようといふのは、この時計のことです。
あるりつぱなお家《うち》の応接間に、この鳩のなく時計がかゝつてゐました。こゝの御主人がもう二十幾年前にスヰツツルに旅行をしたときお土産に買つて帰つたものでした。そのじぶんには、かういふ時計は、日本にはまだごく/\僅《わづ》かばかりより来てゐなかつたので、はじめこれを見た人はたいへん珍らしがつて、又非常にたくみな仕掛けになつてゐると感心するのでした。とりわけ子供たちは、この時計がすきで/\たまらないのでした。
「あれ、可愛《かはい》い鳥が出て来てなくよ。あの鳥はお時計のどこにゐるの。」と、腕白な一郎がきゝました。
「あれはね、時計のお腹《なか》の中にゐるの。」
「どうしてゐるの。」
「巣をこしらへてゐるの。」
「どんな巣。」
「あれ、巣を御存知ないの。この間、門の前の市兵衛《いちべゑ》の子がもつて参りましたでせう。」
「あゝ、あれ。あれは、雀《すずめ》の巣だつて言つたぢやないか。ぢや、あの鳥、雀。」
「いゝえ、お時計の鳥は鳩ポツポですよ。だから、ポツポつてなくでせう。」
「でも、鶏が時をつげるものだつていふから、鶏ぢやないか。」
「まあ、坊ちやまのおりこうなこと、お父様やお母様に申し上げませう。そしたら、きつと大へんお悦《よろこ》びになつて、坊ちやまに御褒美《ごほうび》を下さいますよ。」
ばあやは、大した見つけものでもしたやうによろこびました。すると、一郎はます/\得意になつて、
「そいぢや、鳩ポツポなら、お豆をたべるだらう。」と、きゝました。
「えゝ、たべますどころぢやございません、ポウと一つなくとき、お豆を一つ、ポウポウつてなくとき二つ、ポウポウポウて三つなくときには三つお豆をたべますよ。」
ばあやもつい調子にのつて、でたらめなことを言つてしまひました。
「そいぢや、お豆をやるから、鳩を出しておくれ、ねえ、ばあや。」
「いえ/\、あれはね、時間にならなければ、お腹《なか》が一ぱいで、たべたくないのでございます。坊ちやまでも、やつぱりそのとほりぢやございませんか。朝は八時に、おひるは十二時、おやつは三時、夜は六時とちやんと召し上がるときがきまつてをりませう。」
「うん、でも、ぼく、鳩ポツポにあひたいんだ。そしてお話をきくんだから、鳩を出してくれよ、ばあや。ようつてば、よう。」
腕白な一郎がかう言ひ出したら、もうきゝはしません。とう/\ばあやは、お母様のところへ行つて、鳩を出して、一郎さまにお目にかけてもよろしうございませうかと、きゝました。お母さまは、そんなことをしたなら、時間が狂つていけないと、はじめは、なか/\お許しがなかつたのですけれど、一郎がどうしてもきかないので、とう/\根負けして、ぢや一度限りといふことで、やつとお許しが出ました。
乳母は時計の長い針を十二時のところまで、くるつと、まはしますと、上の方のふたが、パツと開いて、胸をつき出した小さな鳩が、紅《あか》いくちばしをあけて、顔を出し、ポウ、ポウ、ポウとなきはじめたのです。それがちやうど十時だつたので、鳩はなか/\引つこみません。一郎はそれを見ると、大悦《おほよろこ》びで手を叩いて、大きな声で、「鳩ポツポウ。」をうたひながら、しきりに、おいで/\をしますけれど、鳩は自分のおつとめさへすれば、かまつたことはないといつたやうに、すましこんで、きつちり十ぺんなきますと、ピヨツコリと中へ引つこんで、あとはバツタリと戸がしまりました。
「ばあや、も一度、鳩を出して、も一度出して。」
一郎は、また駄々《だだ》をこねだしました。けれども今度はどうしてもきかれないので、おしまひにはばあやを打《ぶ》つたり、けつたりしました。ほんとに、いけない一郎です。しかし、こんなことをしたのは、これまで一度もなかつたのですけれど、たぶん虫のゐどころがわるかつたのでせう。
二
それから幾日かたちました。ある朝の十時過ぎ、一郎はたゞひとり、鳩《はと》のなくお時計の部屋へこつそりとはいつて来ました。どこからか、踏台を一つ、重たさうにぞろ/\とひきずつてゐました。そしてそれを時計の下にひきずつて行きました。
「さあ、鳩ポツポ、出て
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