おいで。」
一郎はさういひながら踏台の上にのつて、時計に手をのばしました。時計はインド更紗《さらさ》ばりの壁の低いところにかけてありました。けれども、一郎はせいの低い子供ですから、踏台にのつても、時計の針のところまでは、手がとゞかなかつたのです。
「困つたなあ。」と、一郎は、さも/\困つたやうな顔をしてゐましたが、ふと気がつくと、すみの方のテイブルに、この間、どこかのをぢさんが、お父さんのお土産にといつて、台湾から、棕櫚《しゆろ》や楠《くす》の木などのステツキをもつて来たのがのせてありました。一郎はそれを見るといゝものがあつたと、中から一本とつてきて、お時計の長い針を十二時のところへやらうとしますと、ふいにだれやらが声を出していひました。
「いたい。こらツ、腕白、いたづらをするな。」
一郎はびつくりして、うしろを見ました。けれども誰《たれ》もそこにはゐませんでした。たゞうしろの入口の戸が開いて、そこから、お玄関の方の廊下が見えました。でも人はひとりもをりません。一郎は踏台から下りて行つて、戸をしめ、又ステツキをそろ/\針の方へさしだすと、今度は時計の文字盤が人の顔にかはつて、一郎を上から睨《にら》みつけました。
「こらツ、いたづらをしちやいかんといふのに、まだやめないか。」
それはまちがひもなく時計が言つてゐるのでした。あたりまへの子供なら、きやつと叫んで踏台からころがり落ちて、気絶でもするところですが、さすがに腕白の大将だけに一郎は、ほんのちよつとびつくりしただけで、かへつてステツキをふりあげて「打《ぶ》つぞ」と、どなりました。
「打《ぶ》つ。おまいに、おれを打つ力があるものか。もし、おれを打つてみろ、お父さんにつかまつて、手にお炙《きう》[#「炙」はママ]をすゑられるからな。」
一郎もさう言はれると、むやみなことはできません。この時計は、お父さんが一ばん大事にしていらつしやることは、自分にもわかつてゐましたから。
「しかし、おまいは何だつて、おれの針なんぞをいぢるのだ。」と、時計は眉毛《まゆげ》のやうに両方の針をぴく/\動かしましたが、その長い方のは、一郎がステツキで、さきほどつゝいたものですから、妙にひん曲つてゐました。
「鳩を見るんだ。」と、一郎は少し鼻声になりました。「ぼく鳩が見たいんだ。出してみせてよう。」
「鳩が見たいのか。それなら、さうと言へ
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