は何でもかんでも、みんな私《わたし》がしたと思つてゐます。それは私も知つてゐます。」と、大女が言ひました。「魔法つかひの爺さんは古い洗濯《せんたく》だらひと六粒のお豆とを、火の竜にひかせた車にすることができるのです。それにのつて出かけるときには大きなマントを着て、高い帽子をかぶりますから、だれでも私だと思ひますわ。そしてね、自分のするいろんな悪いことを子供たちに手伝はせて、私みたいに、いつもとりこ[#「とりこ」に傍点]にして置きます。おまけに私たちには、ろくすつぽ御飯も喰《た》べさせないから、早く助けて貰はなけりや、私たち死んぢまひますわ。」
大女は目からボロ/\と涙を流しました。それは一粒で一つの池ができるやうな大粒の涙でした。
「泣いちやいけません。」と、虹猫は言ひました。「いまにみんなよくなります。僕《ぼく》の法術は爺さんの魔法よりも強いのですからね。一度あいつに出あつたらすぐあいつを片づけてしまひます。僕をあいつのところへつれて行つてくれませんか。」
けれども大女は恐がつて、とてもそんなことをする勇気がないのでした。
「そればかりでなく、なか/\あなたを家《うち》の中に入れやしませんよ。大へん疑ひ深いんですから。」と、大女は言ひました。
「それはどうにかなりませうよ。」
虹猫はそつとマンドリンをかき鳴らしながら考へてゐると、突然、大女は気がつきました。
「爺さんは、音楽が好きなんですよ。仕事をするのに大へん助けになるからですつて。だからもし、あなたが外を流してあるく旅音楽師の真似《まね》をなすつたら……」
虹猫はよろこんで、とび上りました。
「そこだ。それぢや、あなた孔雀《くじやく》の羽を一本僕にかしてくれませんか。」
大女はすぐ孔雀の羽をもつて来ました。
「どうもありがたう。これであなたは一時間たつたら、自由なからだになりませう。まづそれまで、しばらくさやうなら。」と、言つたかと思ふと、虹猫はひらりと身がるに窓からとび下りました。
それから、すつかり外套《ぐわいたう》を着こみ、帽子を目深にかぶり、孔雀の羽を帽子の前の方にさしました。
「どうです。これですつかり旅の音楽師でせう。」と言つて、虹猫は大胆に魔法つかひのゐる塔へ行つて呼鈴《よびりん》をひきました。
魔法つかひは自分で戸口に迎ひに出て来ました。けれども、ほんの僅《わづ》かばかりしか戸を開けません。
「おまへは誰《だれ》だ。何の用があつて来たんだ。」
「僕は旅の音楽師です。内にはいつて、一曲ひいてはいけませんか。」
魔法つかひはうさん臭さうな目つきをして、「何だおまへ、その袋の中に入れてるものは。」と、きゝながら、足で袋をけりましたから、なかの稲妻が、ガラガラツと大きな音を立てました。
「これですか。」と、虹猫はそ知らぬ顔で答へました。
「これは珍らしい楽器です。だからあんな音を出します。これがなけりや、僕は歌がうたへません。」
「うん、さうか。ぢや一つそこでうたつてごらん。その上で中へ入れるか入れないか、きめるから。」
虹猫はマンドリンをかき鳴らしてうたひました。
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青い草の上に、鵞鳥《がてう》が一羽、
くちばしが金で羽が銀、こんな美しい鳥は、
誰《たれ》もまだ見たことがない。
[#ここで字下げ終わり]
「うん、面白さうだ、うちにはいつて、あとをうたひなさい。」魔法つかひは、よろこんでうちへ虹猫を入れました。しめたツと、虹猫はいきなり袋をあけて、稲妻をはなしました。ピカ/\、ゴロ/\、大したさわぎです。虹猫は外套をぬぎすて、テイブルの上にとびあがつて、青い目を光らして、フツ/\ニヤオ、ニヤオと叫び立てました。魔法つかひはすつかり閉口して桑原々々とふるへ上つてゐるのを、虹猫は手足をしばつて、袋の中に押込み、そこにあつた魔術の本はみんな火にくべて、焼いてしまひました。魔法つかひはその後、悪いことをしないやうに遠くの国へ追ひやられ、大女は自分の国へ、子供たちはめい/\親のところへ帰りました。
底本:「日本児童文学大系 第一一巻 楠山正雄 沖野岩三郎 宮原晃一郎集」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
初出:「赤い鳥」1927(昭和2)年9月
入力:鈴木厚司
校正:noriko saito
2004年8月13日作成
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