「お前さんの衣が大へん破れてゐるから、わしが縫つてあげよう。わしの家《うち》は直《す》ぐそこだから、ちよつとお出《い》で……」
豆小僧は、もちろん恐《こは》い婆さんのうちなどへ行く気はありませんから、断りましたけれど、婆さんはきき入れません。むりに手を取つて、引きずるやうにして、その家《うち》につれこまれました。
「さア/\早く着物をお脱ぎ、縫つてあげるから。」
婆さんが、さう言ひながら出した針を見ますと、馬の脚から血を取る三角針のやうな大きな針で、じつさい、それには血のかたまりが少しこびりついていました。
ですから豆小僧はすつかりおつかなくなつて、おちやうづをしたくなつたと言つて、はゞかりへ行かうとしました。婆さんは、恐ろしい顔をして、
「そんなことを言つて、逃げるつもりだらう。よし/\逃げるなら逃げてみろ、かうしてやるから。」と一方の手を鎖でしばつて、便所へやりました。
豆小僧は鎖をつけたまゝ便所へ入りました。けれども、これから先どうしたらいゝか分らず途方にくれてゐました。すると婆さんは外から待遠しがつて、きゝました。
「豆小僧まだか。」
「まだです。」
豆小僧は鎖をはづさうとしてみますが、どうして/\、とても堅くて、びくともしません。困つてゐると、又、
「豆小僧まだか。」と、婆さんがききます。
「まだ/\。」と、返事したとき、ふと手にさはつたのは、豆和尚さんから貰《もら》つた大般若《だいはんにや》のお守札でした。これを投げるのは今だらうと思つて、一枚出して、そこへ投げますと、たちまち鎖はぼろ/\にきれて手は自由になり、それといつしよに前の壁に大きな穴があきましたので、豆小僧はそこから逃げだしました。
婆さんは、豆小僧があまり出て来ないので幾度も――、まだか/\と呼びますと、そのたびに「まだまだ」と、返事をします。けれどもしまひには、とう/\待ちくたびれて、そつと便所の戸を開けて見ますと、小僧の姿は消えて、中には大般若のお守札が一枚落ちてゐました。それを見ると婆さんは、すぐ角の生えた悪魔の姿になつて、曲つた鼻で、犬のやうに足跡を嗅《か》ぎ/\、飛ぶやうに豆小僧の逃げた方へ追うて行きました。
豆小僧が小股《こまた》で走つたところが、さう/\早くは逃げられません。たちまち悪魔に追ひつかれて、もはや、二三歩で、その襟《えり》がみをつかまれるといふ、あぶない場合にせまりました。で、豆小僧はも一つ大般若のお守札を出して、ほふり出すと、たちまちそこに高い/\、天までとどくやうな高い塀《へい》が出来ました。
悪魔はきり/\歯がみをして、しばらくその塀を睨んでゐましたが、何やら呪文《じゆもん》をとなへると、すぐその指の尖《さき》が章魚《たこ》の疣《いぼ》のやうになつたので、それでべた/\と壁に吸ひついて、その塀をのりこえて、また豆小僧のあとを追ひました。
四
又、もう二足三足で、豆小僧は悪魔におさへられようとする、あぶない目にあひましたので、今度は三枚目の大般若《だいはんにや》のお守札をそこへ投げました。
すると、豆小僧と悪魔との間に、さつと一つの大きな/\川が出来ました。
悪魔はもう一歩と、足を出しかけたところへ、急に、大きな川が出来たものですから、はづみをくらつて、あぶなくその川のなかへおち込むところでした。
川には水がまん/\とたたへて、その流れの早いことは、浮いてゐる塵《ちり》や芥《あくた》が矢を射るより早く流れ去るのを見ても分りました。おまけに、向ふ岸まで一たい何里あるか分らないほどの広さでした。
さすがの悪魔もぼんやりとして、そこに立つたきり、呆《あき》れてみてゐましたが、たちまち何やら呪文《じゆもん》をとなへると、大きな魚の形になつて、ざあ/\浪《なみ》を立てながら、その広い川をまたたくうちに泳ぎきつて、向うへ渡つてしまひました。
もうお寺はすぐ前に見えてをります。豆小僧は、一生懸命、ちよこ/\と走りますが、何しろ、小股《こまた》で走るので、はかどりません。ぐづ/\してゐるうち、大川を渡つた悪魔が直《す》ぐ追ひついて、もう二足三足で、襟《えり》がみをつかまうとするまでに近く、迫りました。
豆小僧は今度こそと、四枚目の大般若のお守札をほうりますと、土の中からポツと火が出て、そこらぢう一面に焔《ほのお》となりました。
悪魔は不意を打たれて、手やら足やら顔やら焼傷《やけど》をしました。けれども、そんなことには閉口しません。何やら口で呪文をとなへますと、さすがに燃えさかつた火も見る/\消えて、あとには、只《ただ》炭と灰とだけが残りました。
「こんどは逃がさんぞ!」
悪魔は大風の吹くやうな凄《すご》い音を出して豆小僧を追ひかけました。
「和尚さん助けて、あれ/\、悪魔が来ます、追つかけ
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