、鶉の尾の方を咬《くは》へてしまひました。子鶉はびつくりしましたが、ふと計略をもつて、遁げてやらうと思ひ付きました。そこで、わざと落ち着いて申しました。
「狐さん、お前さんは私《わたし》を殺してたべるつもりだね。そんな殺生をするものぢやありませんよ。だがさういつてみたところで、お前さんは私をのがしてはくれまい。よし。ぢや私もおつ母《か》さんの言ふことをきかないで、油断した罰《ばち》とあきらめて、お前さんに喰《く》はれてしまひませう。けれども私には年よりの母がゐる。私がこのまゝお前さんに食はれてしまつたなら、さぞ困るだらう。だから生きてゐるうちに一目あつて、一寸遺言をして置きたいことがあります。どうか大きな声を出して、鶉の母、と呼んで下さい。さうすれば母が来ますから。」
 狐は口を開けては遁げられると思ひますから、口を閉ぢたまゝで、
「鶉のウヽウ……。」
「それぢやだめ、もつと大きく。」
「鶉の母。」
「しめた。」子鶉は、ぱつと飛び出しましたから、狐はあわてゝ口をしめますと、尾だけが歯の間に残つて、鶉は飛んで遁げてしまひました。
「ですから。」と、子鶉は申しました。
「私は御覧のとほり尾がございません。」
 王様はこの話をお聞きになつて仰せられました。
「それでは私《わたし》のお城のお庭に来て住みなさい。そこには狐も狸《たぬき》も決して入れないことにする。又お前が飛ぶも、歩くも自由にして決して妨げない。決して籠《かご》などに入れようとは言はないから……そして私にお前の生々した、美しい歌を謡つて聞かしてくれ。私はお前を今後生れる鶉の先祖にしてやるから。」
 そこで鶉は王様のお城に住み、今見るやうな尾無し鶉の先祖になりました。



底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「竜宮の犬」赤い鳥社
   1923(大正12)年5月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1922(大正11)年2月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2005年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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