は新らしい銃を取り上げました。これは前の銃を折つてからキクッタの親父《おやぢ》が熊の皮十枚を出して和人《シヤモ》から買ひ取つたもので、最新式の軍用銃だといふことでしたから、キクッタは、今度こそは、たゞ一発でうちとめてみせるぞと思つたのでした。
熊は可なり大きなもので、人の姿を見ると、れいによつて、後ろ脚で立ち上がつて、ウオッと吼《ほ》えました。
キクッタはこゝぞと、その心臓をめがけてドンと一発放つと、みごとに命中しました。けれども、不思議にも熊はたふれずに、たゞ少し後ろへよろめいたゞけで、すばらしい、大きな唸《うな》り声を出して、ふたゝびキクッタにとびかゝらうとしましたが、そのとき、チャラピタの銃が鳴りひゞいて、熊はそこへゴロリところがつて息絶えてしまひました。
「なんだ、君はよけいなことをして僕《ぼく》の手柄を横取りするつもりだな」
キクッタは額に青筋立てゝ怒りました。
「いや、そんなことはない。君の弾丸《たま》で熊が死なゝかつたので、僕《ぼく》は君を助けて、一発打つたのだ」
「ちがふ、僕の弾丸は、たしかに心臓に命中した。だから、熊はよろめいて仆《たふ》れるところだつたではないか、君の弾丸なんか碌《ろく》なところに中つてゐやしない」
そこで二人は、只《ただ》そんな水掛論をしてゐたんでは、果てしがつかないから熊の死骸《しがい》を検《あらた》めてみようといふことになりました。
二発の弾丸《たま》が熊の左の胸に打ち込んでゐました。そして二つとも、僅《わづ》か三四センチをへだてゝ、同じところに命中してゐました。一発は上、一発は下でした。
しかし、これだけでは、どれが誰《だ》れの弾丸で、どれが熊の生命《いのち》をとつたのか分りませんから、二人は小刀《マキリ》を出して、その局所《ところ》を切り開いてみました。すると、上の方の弾丸は心臓のそばをかすつてゐますが、下の方の弾丸は見事に心臓に中つてゐました。
「これ見給へ。これが僕の弾丸だ。このとほり心臓に中つてゐる。君のなんか、中りつこはありやしない」
キクッタは威張つていひました。チャラピタはその出て来た弾丸を手にとつて、見くらべてゐました。二つとも鉛のでしたから、形が、ひどくいびつになつてゐました。でも、上の方の弾丸は明かに長めで、下の方のは丸い形でした。
「可笑《をか》しいね。君の鉄砲弾はドングリの実の形をしてゐるつて言つたらう。そしたら此《こ》の上の方の傷口から出たのと同じ形ぢやないか。僕のは丸い弾丸だから、この下の方のと同じだ。そしたら、僕の弾丸こそ心臓に中つてゐるんぢやないか」
チャラピタは穏かながら、自信をもつて、さう言ひました。けれども、キクッタはどうしても承知しません。とう/\自分の弾丸が、熊を仆したのだと強情を張りとほしてしまひました。
五
おとなしいチャラピタでしたが、これには少からず腹を立てました。でもその日はキクッタのむりな言ひ分を通しましたが、それからは、また元のとほり、ひとりで狩に出て、せつせと熊《くま》を狩り集めてゐました。
キクッタの方では、相当な大熊を自分がまつさきに打ちとつたことにしましたので、まづ一安心しましたが、その後チャラピタにもつと大きなのを捕られたんでは大へんですから、ひとりで歩いて、もつと大きな熊をとらうとしましたが、さつぱりとれないのに、チャラピタはさう大きくはないけれど運よくもう三|疋《びき》もとつてゐるので、やきもきして何んとか、かんとか、うまいことを言つて、チャラピタといつしよに往《い》かうとしましたが、チャラピタはキクッタのずるいのにはこりてゐますから、相手になりません。
そのうち、冬になつて、雪がまつ白に降りつもりました。斯《か》うなると、熊は大てい、自分の穴の中へ引つ込んで、飲まず、食はず、長いこと眠つて、来年の春が来るのを待つてゐるものです。アイヌはこのときをねらつて、穴打ちといふ頗《すこぶ》る面白い、けれども危険至極な熊狩をするのです。
チャラピタは少年のくせに、大胆にもこの穴打ちをやらうと思つて、熊のはいつてゐさうな穴をさがして歩きました。アイヌの目で見れば、熊の入つてゐる穴と、ゐない穴とはすぐ分るのです。
「ゐるぞ、巨《でか》いやつが!」
一つの大きな熊の穴を見付けたチャラピタは、身につけてゐた一切のものをそこへ下ろし、只《ただ》鉄砲と弾薬とだけをもつて、四つんばひに、穴の中へ匐《は》ひ込んで行きました。じつに大胆不敵の少年ではありませんか。
奥深くはひこんで行くと、やがて、向ふの闇《やみ》に、青く、きら/\と光るものがありました。いふまでもなく熊の目玉です。
チャラピタは腹をぴつたりと土につけ、そのきら/\光つたものを狙《ねら》つて一発打ちました。狭い穴の中ですから、ガーンと耳がつぶれるやうな、ひどい音がしましたが、それと同時に傷をうけた熊の猛烈にうなる声がしました。チャラピタはぴつたり地面に顔を押し付けて、平ぺつたくなつてゐると、熊は唸《うな》りながら、非常な勢ひで、チャラピタの身体《からだ》を踏み越えて、穴の外へ走つて出ました。そして雪の上をウオー/\ワア/\と吼《ほ》えたり唸つたりして、狂ひまはつてゐます。つまり自分を傷つけた敵が外にゐると思つて、そいつを掴殺《つかみころ》してやらうと怒り猛《たけ》つてゐるのでした。
けれどもチャラピタは穴の中に隠《か》くれたまま、その姿を出さないので、熊は張合ひがぬけて、すご/\穴の中に戻《もど》り、出て往つたときと同じにチャラピタの背を踏通つて、奥に往《ゆ》き、しきりと傷をなめてゐる様子でした、チャラピタはそれを見て、またもや一発|喰《く》はせました。熊は
「今度こそは、ゆるさないぞ」と、いふやうに、猛々しく吼えながら、またもや穴の外へ走つて出ましたが、やつぱり誰《だれ》もゐないので、すご/\と引返へして来ました。
三度目に、熊はとびだすことは、飛び出したけれど、もう二発も弾丸《たま》を喰らつてゐるので、大ぶよわつてゐるらしいので、チャラピタは外へ出て、止《とど》めを刺してやらうと思ひ、銃にたま[#「たま」に傍点]をこめると、そのあとをおつて、穴の口まではひ出しました。
丁度、そのときでした。穴の外で、ドーンと銃声がひゞき、つゞいて熊がすさまじく吼える声が聞えたので、急いで、穴を出てみると、手負ひの熊は死物ぐるひになつて、今一人の人をめがけて、とびつく瞬間でしたから、チャラピタは碌《ろく》に狙ひをつけるひまもなく、ドーンと一発はなすと、うまく熊の背骨に中《あた》りましたから、ひとつたまりもなく、熊はその場に仆《たふ》れました。
「やア、チャラピタぢやないか、君は?」
そのとき、向ふの人が声をかけて、頭布《づきん》をとると、それはキクッタであることが分りました。
キクッタは偶然、チャラピタがはいつてゐる穴の口へ来て、その模様をしらべてゐるところに、突然銃声が聞えて、大熊がとびだしたので、一発打つたのですが、すつかり慌《あわ》ててゐたので、中らず、今度はもう身をかはす間もなく、危いところを、またもやチャラピタに救はれたのでした。
「あゝ、チャラピタ、君だつたか、穴打ちをやつてたのは、えらい勇気だなア!」と、さすがに勇敢なキクッタは今死ぬ目にあつたことなどケロリと忘れたやうにニコ/\して言ひました。
「さうだよ。穴打をしたんだ。然し、君はなんだつて、僕《ぼく》のあとをつけて来たんだい。また僕の功名を横取りしようつていふのかい。だが、今度はだめだよ」と、チャラピタは怒つたやうに言ひました。
「いや、もう決して、そんなことはない。熊捕り競争では、僕すつかり負けた。僕はまた生命《いのち》を君に助けて貰《もら》つた。僕はもうその恩を返へす見込みはない。だから鉄砲も酋長《オツテナ》の候補者も、君のものだ、僕がしたことはみないけなかつた。僕はすつかり君に降参する。どうか、ゆるしてくれたまへ」
チャラピタは正直で、優しい気質《きだて》の人でした。小さいときから、親しい友達のキクッタが余りずるいので、一時は怒つたのでしたが、今から詫《わ》びをいはれると、すつかり心がとけてしまひました。
「さうか。君が、さういふ気持なら、僕、もう何んとも思はない。僕たちはまた元のとほりの親友にならう」
そこで二人はアイヌの習慣どほり、柳の枝をけづつて御幣《イナオ》をつくり、それを神様《カムイ》にそなへて、仲よくすることを誓ひました。
底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「新しい童話 五年生」金の星社
1935(昭和10)年8月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2006年3月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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