傍点]であるばかりか、また熊にとつても、大好物です。だから、コクワや山葡萄が沢山生つてゐるところには、きつと熊が来るものです。果して熊の糞《ふん》をキクッタは見付けました。
「やア、親父《おやぢ》(熊のこと)がゐるぞ!」
 キクッタは銃を肩から下ろし、注意ぶかくそこらをあらためました。糞はごく新らしく、あたりの草はふみにぢられて、大きなお盆のやうな熊の足あとがいつぱいついてゐました。
「よし、〆《しめ》た。おれが勝ちだ。この熊をおれがとつてやる!」
 キクッタは胸をどき/\させながら、そろ/\と、なほも足あとをつけて行きました。
 と、たちまち、右手の藪《やぶ》がガサ/\と音がしたので、急いで銃を取り直すひまもなく、いきなり目の前に、牡牛《をうし》のやうな大きな羆《ひぐま》があらはれ、後ろ脚でスクッと立上がり、まつかな口に、氷のやうな牙《きば》をあらはし、ウオーッと吼えました。
「畜生!」
 キクッタはその心臓を狙つて、引金をひきました。
「ドーン」
 鋭い銃声が森に反響しました。射術にかけては、少年の間は勿論大人のアイヌの間にも有名なキクッタですから、大熊はその場に地響きさして、ぶつ仆《たふ》れた――はずですが、不幸、ガチッと音がして、不発でした。さア大へん。もう弾丸《たま》をこめ直すひまもありませんから、いきなり銃を逆手《さかて》に持ち直し、とびかゝつて来ようとする大熊の頭を力まかせになぐりつけましたが、岩のやうなその頭は、銃の台尻《だいじり》の一打ぐらゐは平気です。大熊はいよ/\怒つて、キクッタにとびついて来ましたから、キクッタはひらりと身をかはして、やりすごし、そばの立木の下枝へ手をかけるが早いか、すら/\と、まるで猿《さる》のやうに、その梢《こずえ》によぢのぼりました。
 大熊はその木の幹に前脚をかけ、ウオ/\と吼《ほ》え狂ひながら、力まかせにゆすぶりました。生憎《あいに》くその木は小さかつたので、まるで暴風《あらし》に吹かれてゞもゐるやうに、ゆら/\、ざわ/\と動いて、キクッタは今にも落ちさうでした。
 しばらく、かうゆすぶつては吼え、吼えては梢のキクッタを見上げてゐた大熊は、やがて何か思ひ付いたやうに、その大きな片手をあげて、小さな木の幹をハッシと打ちました。直径十センチぐらゐの、柔かい、ゑぞ松でしたから、大熊の一打ちに、まるでマッチの棒みたやうに、ポ
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