さつき船橋《ブリツヂ》で船長にさう言つてゐた。」
下村は自分が何でも知つてゐるやうに意気込んで話した。
中原はしばらく黙つてゐたが、そろ/\と言つた――
「それもよからう。だが、僕《ぼく》なら、魚雷を使つて、あべこべに敵艦を撃沈してやるねえ。」
「えツ! 魚雷? この船に魚雷なんて無いぢやないか。」
「いや、ある。地中海の駆逐隊《くちくたい》へ送る分が二十発ばかり積み込んである。しかも大型の二十一インチだからね。補助巡洋艦なんか、こいつを一発くらへば、木葉微塵《こつぱみぢん》だ。」
「さうか。けれども、そいつを発射する発射管がなからう。」
「いや、魚雷は発射管がなくたつて、使へるものだよ。僕の親父《おやぢ》は水雷専門の兵曹長《へいさうちやう》で水雷のことなら、僕も小さい時から、見たり、聞いたりして、よく知つてゐるんだ。実は僕、この間から、万一の場合には使つてやらうかと思つて、積んであるやつを調べて見たんだがね、ちやんと圧搾空気《あつさくくうき》もはいつてゐるし、恐しい爆薬をつめた実用頭部も取りつけてあるんだ。僕がちよつと仕掛をすれば、すぐ走つて行くやうになつてゐるんだ。」
「さうか。そいつは手廻《てまは》しがいゝな。ぢや断然やれよ。俺《おれ》も手伝はあ。貴様が発射した魚雷で、巨艦『ウルフ』が海の底に深く沈むなんざア愉快だ!」
下村は単純で、無邪気な少年だ。もはや敵艦を沈めてしまつたやうな燥《はしや》ぎやうだ。
「ところが君、」と、中原はちよつと困つた顔をした。「二十一インチの魚雷ときたら、いゝ加減のボートぐらゐの大きさがあるから、大人でも、一人や二人の腕ぢや扱へないんだ。」
「それなら何でもない。」と、下村はすぐに言つた。「巻揚機《ウインチ》を使ふさ。俺はその方にかけちや名人だ。巻上げるんでも、振り落すんでも自由自在だ。」
「フム。」と、中原はしばらく考へてゐたが、半ば独言《ひとりごと》のやうに、
「さうだ、後部の巻揚機《ウインチ》で上甲板まで上げて、ちやんと準備をしてから、水ん中へ振り落してやれば、あとは水雷がひとりでに仕事をする。」
中原がこゝまで言ひかけたとき、船橋《ブリツヂ》の方で、けたゝましく喇叭《らつぱ》が鳴つた。
「おうツ、非常喇叭だ!」
二人はとび上つた。そして、右舷《うげん》近くへ走りよつて、敵はどこ? と見渡すと……
見える、見える!
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