ます。
       十一、中世以後の文學
 以上お話致しましたイスランド・ノルウェイ文學の榮えた後、イスランドは衰微しましたのが、十六世紀の半ばからやうやく復活して、十八世紀になつて、やつとローマン主義の文學が再び興つて來ました。けれども、『エッダ』や『スカルド』や『サーガ』に比すべきほどの力はありません。最近、グンナァル・グンナルソン Gunnar Gunnarsson といふ作家が國境を越えて名聲をはせてゐますが、これはデンマルク語を用ひてをりますから、或はデンマルク作家にかぞへて然るべきかも知れません。
 要するに古代イスランドの文學を受けついだのは、イスランド自身よりもデンマルク、ノルウェイ、スウェデンの三國でありました。然し宗教改革に至るまでのスカンヂナヴィアの中世文學は大體に於て隆盛ではなかつたといふことが出來ませう。スカルドやサーガの盛時を過ぎると、ラテンやフランスの古典の飜譯時代が來ました。キリスト教の普及に伴つて渡來したラテン語が尊重されて、學問は僧侶の手に歸し、文學もまた僧侶や貴族の支配するところとなりました。しかし、一方には國語の統一といふことが行はれ、國語で著作された文學も僅かながら出るやうになりました。この國語を整理改造して、文學用語にまで高めた功績はスウェデンではオーヴラス・ペトリス、デンマルクではクリスチャン・ペテルセンであります。
       十二、用語の問題
 私はここで、ちよつと、スカンヂナヴィア文學の用語について、おことわりして置かなければなりません。前に、スカンヂナヴィア文學が、基礎として立つ言葉は同じであるやうに申しましたが、これは大體のことで、元より同一國語を使用してをるのではありません。然しデンマルクとノルウェイとは同じ言葉を、違つた發音と、違つたアクセントで話し、幾分違つた綴方や、表現や、單語で文章を書いてをります。これは元ノルウェイが政治的にも、文化的にもデンマルクの支配を受け、その爲に、都會ではデンマルク語が通用して、古來のノルウェイ語は只方言として農民の間に殘つてゐたが故であります。このノルウェイ化したデンマルク語をノルウェイ人はリクスモール Riksmaal 國の言葉、または公用語といひ、これに對して、古代ノルウェイ語や、その面影をとめてゐる、ノルウェイ農民の言葉を整理再建した新ノルウェイ語、ニューノルスク Nynorsk をランスモール Landsmaal とよび、國粹を主張する人々はこれを以て、一公用語を排斥せんとしてをります。そしてもう久しいながら、この新ノルウェイ語で堂々たる大作家の作が幾つも出て、その勢力も段々加はつてをりますが、在來は勿論、今日でも Riksmaal の作家が、イプセン、ビョルンソンを初め、八分通りを占めてをりますから、デンマルクとノルウェイとは同じ國語の文學をもつてゐると言つても誤りではありません。しかも、デンマルク、ノルウェイ語と新ノルウェイ語との差は極めて僅かであります。まだスウェデン文學は、その國語たるスウェデン語で書かれてゐますが、瑞典語と他の二國語との相違は殆んどいくらもないといつてよろしいので、まづ東京語と、名古屋語と、大阪語とのちがひくらゐと言へば言へませう。ですから、私がスカンヂナヴィア文學は同じ語を基礎としてゐると申しても、ごく大まかな意味で、ゆるされると思ひます。
 そこで、宗教政革が來て、國語の尊重、國語文學の隆盛となり、遂にデンマルク、ノルウェイ文學に巨人ルゥドヴィク・ホルベルの[#「ホルベルの」は底本では「ポルベルの」]出現を見るに至り、スカンヂナヴィア文學に大きな光明をなげることになりました。
       十三、諷刺劇の盛時
 ホルベル Johan Ludvig Holberg は一六八四年、ノルウェイのベルゲンで生まれ、青年時代にデンマルクの首府ケェプペンパヴンに移り住み、一五七五年[#「一五七五年」はママ]に亡くなりました。歴史、地理、科學、法律、哲學、言語學など、あらゆる方面に精通してゐましたが、それよりも喜劇作家として、非常な名聲をはせ、スカンヂナヴィアのモリエールといふ名を受けました。當時の社會の裏面をありのまゝにさらけ出して、鋭い諷刺をほしいまゝにしました。スウィフトの『ガリバー巡島記』にヒントを得たやうな『ニェルス・クリームの地下旅行』Niels Klims Underjodiska Reis といふ物語の如きは、餘りにも眞に迫つて、偶然事實と符合したので、これは自分のことを惡口したものだと、譏誹の訴へを起したものすらありました。
 ホルベルの劇は北ドイツでも盛んに演じられました。またホルベルが、一七二三年に、その第一作を出すまでは、デンマルク、ノルウェイも劇といふものは、ほんの僅かより知られて
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