ウェイ語の原文と引合はせて、校訂することになつてゐたが、不幸出版社の都合で、立消えとなり、そのとき出來上がつた譯稿はのち、改造文庫に入つてゐる。而して私が校訂したのは秋田雨雀の『我等死者の目醒むるとき』一篇だけである。
 然しイプセンの譯を、せめては原文によつて校合しようとする企ては、新潮社の世界文學全集でも實行されて、楠山正雄譯イプセン集の六篇は一通り私の目を通したものである。只甚だ遺憾なのは、出版期日が非常に切迫してゐたので、十分精密に比較してみることを得なかつたのと、譯者が文壇の先輩であり、劇界の先覺であつたりする關係上、そのプライドを傷けないやうにする必要から、手加減の上にも手加減を加へたので、序文にあるやうに「これに依つてドイツ語全集本のすぐれた價値を確め得たこと」とは、私にはどうも言ひ得ないのである。
 原書とくらべたのではないが、これはうまいな、他とは段違ひの譯だと私が思つたのは、中村吉藏の『人形の家』であつた。
 要するに、イプセンの日本譯は、早くから流行つて多く發刊されたにも拘らずまだロシアの大作家たちのやうな、正確な原語譯は一つも出てゐないのである。



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