ぢいさま》がいたゞいたものでした。
時計が、十一時を打ちきつたとき、ジウラ王子はどうしたのか、俄《にはか》にニナール姫の腕にすがりつくやうにして、恐ろしさうに、さゝやきました。
「ニナール、あれ何、何《な》んの光?」
ジウラ王子の指は、向ふに、怪物のやうに、黒々と聳《そび》えてゐる、ラマ塔をさしてゐました。
まつたく、平生、人のゐないラマ塔の下の階《きざはし》から、小さな火の光りがちらちらと見えました。ふつと消えたかと思へば、また黄色く光り出して、丁度草の中の螢《ほたる》かなぞのやうでした。
それを見ると、ニナール姫も、胸がドキ/\しました。
ラマ塔は昔、このお城がラマ仏教のお寺であつたとき、建つた、ずゐぶん古《ふ》るいものですが、アイチャンキャラ侯の先祖が、これを取つてからのち、或時《あるとき》、外敵にせめられて、一時これを占領されたことがありました。そのとき、タクマールといふ勇敢な娘が、僅《わづ》か十八歳の身で、その年下の弟や妹たちを助けて、この塔に立てこもり、最後まで敵と戦つて、とう/\切り死にしました。それでラマ塔には、タクマールの幽霊が出るといふ噂《うはさ》があつて誰《だれ》もそばへは寄らないのでした。
「さうね。タクマールの幽霊がでるといふから、さうかも知れないわ。ジウラさん、ひとつ、行つて、正体を見届けちやどう」と、ニナール姫は笑ひながら言ひました。
「いやだ! 僕《ぼく》、こわい。もう内へ帰つて、ねませう。おそいぢやないの、今夜は!」
ジウラ王子はさういふと、もう立ち上がつて、家《うち》へ帰りかけました。すると、ニナール姫は、からかつてやりたい気持が一そう加はつて、ジウラ王子を捕へて放しません。
「何んですね、将来、蒙古《もうこ》の王様になる人が、そんないくぢなしで、どうしますか。さあ、私《わたし》が、あの入口まで送つてあげますから、一つ探見していらつしやい」
「いやだ/\、僕、こわい。」
ジウラ王子はなか/\行かうとはしません。けれども、ニナール姫は、お父様が、さきに言つたことを想出《おもひだ》してゐたので、むりにジウラ王子をひきずるやうにして、黒いラマ塔のところへつれて行つたのでした。ニナール姫がさうしたのは、丁度、その日、お父様が、ジウラ王子の胆《きも》をねるために、ひとりで、あの幽霊塔に行かしてみようと言はれたのを、おぼえてゐたからでした。だから、そのあかりも、或《あるひ》はお父様のいひつけで、誰《だれ》かゞとぼしてゐるかも知れないと、そんなふうにも思つたのです。
ラマ塔はぢきそこにあるやうでしたが、実は雑木の小さな森を通つて、谷のふちへ出て、それからそこにある橋をわたつて、小さな山のふもとまで、三百メートルも行かなければならないのでした。塔の上には、青黒い空に、星がきら/\と光つてゐました。
「さあ、これから先きはジウラさんひとりで行くのよ」と、ニナール姫は言ひました。「あの塔の光りが何んだか、見届けていらつしやい。もし悪《わ》る者でもゐたら、これで打つておしまひなさい」
ニナール姫は闇《やみ》にも光るピストルを、ふるへてゐるジウラ王子の手に渡しました。
「私、こゝで待つてゐますからね。勇気をふるつて行くんですよ」
けれどもジウラ王子はまだぐづ/\してゐるので、ニナール姫は、その背をポンと一つつきました。ジウラ王子はフラ/\と仆《たふ》れさうな足取りで、高くしげつた夏草の中を、がさ/\と分けて行きました。そして間もなくすぐ目の前に小山のやうにそびえ立つ、まつ黒なラマ塔は、小さなジウラ王子の姿を呑んでしまひました。
三 悪事の相談
それから十五六分も経《た》ちましたらうか。ニナール姫も、さすがに心配しながら、ジウラ王子が無事で早く帰つてくるやうに祈つてをりましたが、どうしたことか、待てども待てども帰つて来ません。ニナール姫は心配で、もうぢつとしてゐられなくなりました。で、自分も、ラマ塔をめざして行きました。一足々々、ジウラ王子が、そこに仆《たふ》れてはゐないかと、危ぶみながら進みました。
いよ/\ラマ塔の入口に来ると、さすがに勇気のある姫もちよつと躊躇《ちうちよ》しました。といふのは塔の根のところは、なか/\宏大なもので、その入口はお城の門ほど高くて、広くて、しかも、すばらしく大きな、仁王様《にわうさま》のやうな石像が、門の両側の柱や、壁に立つてゐるので、勇気のあるニナール姫でもぞつとするほど恐《こは》いのですから、ジウラ王子のやうな弱い人は、とても、その前を通れやうはずがない。或《あるひ》はこゝらで気絶してゐはしなからうかと、思ひながら、あたりをよく見まはしても、そんなふうもないので、ニナール姫は断然、塔の中へはいりました。ひやり[#「ひやり」に傍点]とした空気
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