アルライと一人の馬賊とが塔から出て行つたあとで、自分もこつそりと、塔を出て、走つてお城へ帰りました。
 お城ではニナール姫と、ジウラ王子との姿が見えなくなつたといふので、大騒ぎをしてゐるところだつたので、ニナール姫がひよつこりと帰つてくると、お父様は大悦《おほよろこ》びで
「まあ、ニナール?」と、たしなめるやうに言ひました。「お前はこの夜中、何処《どこ》へ行つたの。心配させるぢやないか。お転婆《てんば》もいゝ加減にするものだよ。そしてジウラは何処に、」
 ニナール姫はわざと落着いて、
「お父様、それについて大事なお話がありますの。ちよつと、お広間へ来てちやうだい」お広間へ来ると、ニナール姫は声をひそめて「あのね、とても大へんなことよ」
「何が大へんなのかい。」
「ジウラさんが、馬賊にさらはれるところよ」
「えッ、何をいふ」
「それに私《わたし》のブレツも盗みだして、明日は売られてしまふところよ」
「誰《だれ》が売るのか」
「アルライが」
「お前、どうかしてゐやしないか」
「いゝえ」と、いつて、ニナール姫は今までの話を手短かにしました。するとキャラ侯はかん/\に怒つて、すぐアルライをよばうとしましたが、ニナール姫はとめました。
「まづ塔に兵隊をやつて、内からも外からも、馬賊が出入りのならぬやうにして下さい。それも中の馬賊に知られると、ジウラさんを殺すやうなことになるといけませんから、ジウラさんは、あとで、私《わたし》たちがいつて、うまく、けいりやくで、内の馬賊を押へて置いて、それから助け出しませう。それよりもさきに、此処《ここ》へ、守備隊長をよんで、このことを話して兵隊を二三人つれて来させ、それから厩頭《うまやがしら》のウラップに、アルライを此処へつれて来るやうに言付けて下さい」
 ニナール姫の手配はまるで、りつぱな警察署長のやうに、よく行きとゞいたものでした。で、お父様もすつかり感心して、そのいふとほりにしました。
 アルライは、まさか自分の悪事がつゝぬけに御主人の耳にはいつてゐるとは知りませんが、たつた今、悪《わ》るいことをして、帰つて来たばかりのところへ、こんな夜更けによび出されるのを不審に思つた、不安心な様子でした。
 アイチャンキャラ侯はアルライが広間へはいつてくると、眉《まゆ》をつり上げて雷のやうな声で叱《しか》りつけました。
「貴様はふらちな奴だ。主人の馬を馬賊に売る約束をしたり、ジウラをかどわかして、人質にやらうとしたり、悪いことばかりをしてゐるな、こちらには一々分つとるぞ!」
 アルライはさすがに驚いて顔の色を変へました。でも飽《あ》くまでづう/\しく、にや/\笑ひながら
「何をおつしやるんです。そんな馬鹿《ばか》げたことを! 誰《だれ》か私《わたし》をねたむものが言つたことでせう」
「馬鹿およし」と、わきから、ニナール姫が言ひました。「わたし、お前たちが塔のなかでしてゐたことや、言つてたことを見たり、聞いたりしてゐたんですよ」
「へへへ、お姫様は夢を見ていらつしやるんでせう」
 アルライはさう言ひながら、戸口の方へそろ/\と歩るいて行きました。
「黙れ!」と、どなつたキャラ侯は、いきなり壁から鞭《むち》をとり下ろして、ピシリ/\と、二度、アルライの頭を打ちました。
「畜生!」と、アルライが叫んだかと思ふと、ぴかりと何やらその手に光りました。かくしてゐた短剣をぬいたのでした。そしてキャラ侯にとびかゝりました。
「どつこい、さうは問屋で下ろさない」と、後《うし》ろから、ウラップがその手をしつかりと押へつけました。
「ハハハ、じたばたするない。手前《てまい》は鷲《わし》でもまだ羽の生えそろはない子供だ。そんな大それた真似《まね》をするのは、早いぞ!」
 アルライはまつかな顔をして、一生懸命にその手をもぎ放さうとしましたが、なか/\放れません。その額には、今打たれた鞭の痕《あと》が、醜くついてゐました。
 その途端、戸が開いて、守備隊長が、二人の兵をつれて、はいつて来ました。それを見ると、アルライはありつたけの力を出してウラップの手をふりきつて、みんながアツといふ間に、窓にとびのり、すぐその張り出しの上に、すつくと立ちました。下は、二十メートルばかりの高い断崖《がけ》で、その下は底知れぬ深い淵《ふち》です。けれども大胆不敵のアルライは、こつちを見返つて、そのきら/\する短剣をふりまはし、
「親も子も、よく覚えてをれ。アルライ様の仕返しが、どんなに恐ろしいかつてことを!」
 守備隊長はすぐ腰のサツクから、短銃を取り出しました。が、ドンといふ物凄《ものすご》い音がその手から起つた瞬間には、アルライの姿はもう深い淵へザンブととび込んでゐました。
「ちえツ! 遁《に》がしたか。まさか、あんなところから飛び込みはしないと思つた
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