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『宜しい[#「宜しい」に二重丸傍点]』
と一言答へたる醫學士の聲は此時少しく震を帶びてぞ予が耳には達したる[#「と一言答へたる醫學士の聲は此時少しく震を帶びてぞ予が耳には達したる」に傍点]。其顏色は如何にしけむ俄に少しく變りたり[#「其顏色は如何にしけむ俄に少しく變りたり」に白丸傍点]。
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是れ渠手術を乞はれて心動き初めたるの状
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『看護婦[#「看護婦」に二重丸傍点]|刀《メス》を[#「を」に二重丸傍点]』
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是れ夫人が藥を服するを拒み、斷乎として死を决したるを見て[#「斷乎として死を决したるを見て」に白丸傍点]、意を决して坐を起つ時の辭[#「意を决して坐を起つ時の辭」に白丸傍点]
凡て筆を有意無意の間に着く[#「凡て筆を有意無意の間に着く」に丸傍点]、是れ最も凡手の難しとする所[#「是れ最も凡手の難しとする所」に丸傍点]、伯爵夫人の心状に至つては、
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『夫人唯今お藥を差ます[#「差ます」に「〔ママ〕」の注記]、何《ど》うぞ其をお聞き遊ばして、いろはでも、數字でも、お算へ遊ばします樣に』。
伯爵夫人は答なし[#「伯爵夫人は答なし」に白丸傍点]。
『お聞濟でございませうか。』
『あゝ[#「あゝ」に白丸傍点]』
『それでは宜しうございますね。』
『何かい[#「何かい」に二重丸傍点]、魔醉劑をかい[#「魔醉劑をかい」に二重丸傍点]。』
『いや[#「いや」に白丸傍点]、よさうよ[#「よさうよ」に白丸傍点]』
『それでは夫人、御療治が出來ません。』
『はあ[#「はあ」に白丸傍点]、出來なくツても可よ[#「出來なくツても可よ」に二重丸傍点]。』
『奧、そんな無理を謂つては不可ません。出來なくツても可といふことがあるものか。我儘を謂つてはなりません。』
『はい。』
『それでは御得心でございますか。』
腰元は其間に周旋せり。夫人は重げなる頭を掉りぬ。
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是れ夫人が魔醉藥を拒むで服せざる所[#「是れ夫人が魔醉藥を拒むで服せざる所」に傍点]、其の决心の態[#「其の决心の態」に傍点]、窘窮の状[#「窘窮の状」に傍点]、傍にあつて見るが如し[#「傍にあつて見るが如し」に傍点]。
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『そんなに強ひるなら仕方がない[#「そんなに強ひるなら仕方
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