《まば》らに垂《た》れたる枝さらさらと靡《なび》き、幽霊の髪の毛のごとく佐太郎が頭に触れて肩を撫《な》でり、げにこの曲淵には去年の秋この村に嫁ぎたる阿豊《おとよ》と言える女房、姑《しゅうとめ》の虐遇に堪えで身を投げたるところにして、その一頃の波脈々としてサワ立てるは、今も亡者の怨魂がその水底をカキ回して寒たく写れる眉月を砕くに似たり、彼は淵に臨んで嘆ぜり、「女に誤りし身の果ては死ぬるも女の跡を追わねばならぬか、古門村の住人山田佐太郎生年二十三歳アアこれまでの娑婆《しゃば》は夢か」と、
たちまち怪しき声するとともに、三日月は山を越え、跡には闇と娑婆のみ残れり、
不思議にも彼が死骸はいずこにも浮ばざりき、しかれども彼は再びその家に還らざりしかば、また一場の風評は伝わりぬ、あるいは曰《いわ》く、彼は人知れぬ谿《たに》に縊り、その死骸はなおそこにあるべしと、あるいは曰く彼はいずれの淵ことに曲淵に身を投げたるも、罪業深きゆえにその身浮ばざるものならんと、あるいは曰く阿園の葬式の夜五十金を懐きて遁《のが》れしと、かくて彼は到底死したることと定まりしも、彼は死後生より重き幾倍の苦痛――冥土にてそ
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