の家に住むと言うものさえありき、されば意地|汚《きた》なき穴さがし、情人なき嫌《きら》われ者らは、両個《ふたり》の密事を看出《みいだ》して吹聴せんものと、夜々佐太郎が跡をつけ、夜遊びの壮年らも往き還《かえ》りにこの家の様子を窺《うかが》いぬ、かくして一週間も経たれども、何の怪しきこともなく、彼はただ戦場の譚《はなし》、浮世話を阿園に語り聞かせ、夜|更《ふ》くればその家に帰り、かつて午夜過ぐるまでいたることなければ、果ては彼らも心に恥じて口を閉じ、怪しき風評もやや薄らぎぬ、
 早や四十九日となりぬ、四十九日短く暮れて明くれば五十日、いよいよ忌の満つる日となれば、阿園がこの家におることも今は一日一夜となりぬ、この家よ、この家はげに阿園がためには幸いなかりし、彼はこの春の始めにこの家に嫁《とつ》ぎ、暮に夫に別れしなり、夫が遠征の百日間は、彼は空しく空閨《くうけい》を守りたりしが、夫を待ち得しと思いし日より、なお五十日の間、寂しき夜を怨《うら》み明かし、なお幾夜かくあるべくありしなり、阿園には夫婦の睦《むつ》みいまだ尽きず、閨《ねや》の温味《ぬくみ》いまだに冷えず、恋の夢ただ見初めたるのみなり
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