出るを拒みたるも、今にして止《や》むべきにあらざれば、彼は牢《ろう》に牽《ひ》かるる罪人のごとく悄々《しおしお》と随《したが》いゆきぬ、常にはほかに訪う人なかりし寡婦が住居の周囲に、今はほとんど人の山を築けり、彼らは今来たる佐太郎を見て一斉に此方を向き、何事をかしきりにササメき合いつ皆苦笑して唾《つば》はきたり、佐太郎はいよいよ恐れ、壮年の後につきて群集の中を推して入れば、皇天后土、彼は今朝尋ねたりし阿園が縊《くび》れたる死骸《しがい》を見しなり、げに昨夜家を出て、六地蔵堂の松樹に縊れし阿園は、今その家の敷居に踞《きょ》して※[#「口+欷」、92−下−8]《すす》れる里方の両親の面前に、寝衣のままに死にて置かれてありしなり、佐太郎は再び見るあたわず、目を閉じ顔を背《そむ》けて、死の苦痛を身の震いに顕わせり、これまで沈黙して様子を見おりし、群集はこの様子を見てまたザワザワと私語《ささや》き初めぬ、父老「のう佐太郎これまでの好《よし》みもあれば、面倒ついでに今一度墓を掘らでは」老母ら「これまで卿《おんみ》が世話しつるもの、何とぞ成仏するよう葬りてよ」女房ら「縊れて死ぬるとは誰にいかなる遺恨のありてぞ」壮年の一人「何ゆえ死にしか和主は必ず知りおらん」壮年の今一人「しかり和主がほかに出入りしたるものもなければ」今一人「アア憐れ憐れ、誰がかように殺したるぞ」小供ら「伯父よ佐太郎主が縊り殺せしとか」
 佐太郎は一言も答えず、答うることあたわざればなり、両親は顔を挙げつ、娘の死を他の咎《とが》によらずして、最初に還らざりしその不了簡に帰し、日も暮るれば死人をうちに容《い》れて逮夜《たいや》せんと、村人に謝礼しつ、夫婦して娘の死骸を抱き上げたり、父老壮年、その傍に立ちしものは皆手伝えり、ただ佐太郎のみ佇《たたず》みたるまま手をも挙げざりき、やがて群集はおのおのその伴を呼びつつ罵《ののし》り帰り、時々振り回《かえ》りて佐太郎を見やれり、佐太郎は人影の遠ざかるを待ち、ツト戸の内に駈けこまんとしては身を返し、再び入らんとして再び入らず、ひそかに戸のうちを窺《うかが》い、その両親のヒッそりとせし闇の中に咽《むせ》べるを聞き、ついに得入らずしてひき返せり、
 彼は影のごとくわが家に帰り、行燈を点《とも》してその前に太息《といき》つきぬ、「何ゆえ死にしか和主がほかに知る人なし」「憐れ憐れ誰が殺
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