されるやうになり、其次《そのつぎ》は、何円以上は手拭、風呂敷、メリンスの風呂敷といふやうに、買物額に応じて品物を添へて貰つたものであつたがもうそれも廃せられて、今は得意先に盆暮に配られる十二支の風呂敷の他に、木綿風呂敷や手拭は見かけないやうになつた。

 それほど、次第に多くの人が呉服物を買ふやうになつたのである。
 そして、其大部分は女の人が買つてゆくのである。
 はじめ買物する人の便宜のために設けられた大呉服店の食堂といふのは、今では、食事そのものを半《なかば》以上の目的にして出掛ける子供連れの客や、近所に用達に行つた人の簡便な食事場となつている。
 時間をつぶして、電車代をかけて、おまけにおすしの一つも食べては、少し位割安なものを買つた処《ところ》が、結局高いものになるから、近所で間に合わせておきませう、などと云つた時代もあつたが、人々の趣味性の向上からか、何でも大呉服店のマークが附いて居ないと幅が利かないといふ訳《わけ》なのか、時にも費用にもかまはず、今は皆下町に足を運ぶやうである。
 それ故食堂に入つて、中に居る人、其注文の品、そんなものを観て居ると、本当に種々《いろ/\》で、平素の生活状態や、趣味|嗜好《かうし》[#「嗜好《かうし》」はママ]といふやうなものが、さながらの縮図となつて展開されて来る。
 そして、一般に現代の向はうとしてゆく趣味なども此処《ここ》でよく見あらはされるのである。

 此頃は買物をしても大抵包紙でつゝんで提げられるやうにしてくれるから、下町に買物にゆくには風呂敷を用意しなくても、可成《かなり》な分量を手に提げて電車にのれるだけはいくらでも買物をする事が出來る。
 大きな風呂敷包をこさえて、それを夫人や令嬢が自身で持つのを厭《いと》つて、女中や書生のお伴をつれた人が銀座通りなどを歩いて居た図は、もう此頃は殆《ほとん》ど見られない。これも一つの時代の進歩であらうか。
 私の育つ頃などは嫁入前の娘はお豆腐を買ひに行つたりする事はなりません、みつともないと云はれたものである。
 指環や書物を買ひにゆくのは自慢で、何故《なぜ》豆腐一挺買ひに行つてはならないのか、理屈が分らないと反抗したのを覚えて居るが、今は貴婦人の商売人もあり、辻でビラをまき、物を売る事もあるやうになつた。
 おさむらひ気質《かたぎ》がすたれて、次第に実力で押し通す時代が
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