たのに、何でもちょっとさわって金にしてしまうというのではなくて、相変らず普通の方法で、わずかな金を掻き集めて行くことに満足しなければならないとしたら、どんなにつまらないでしょう!
 その時はまだ明け方のうす暗がりで、東の空の下の方が、ほんの一すじ明るくなっていただけでしたが、マイダスの寝ているところからは、それは見えませんでした。彼は大変がっかりした気持になって、あてがはずれてしまったのをいまいましく思い、だんだん悲しくなるばかりでしたが、そのうちにとうとう朝の最初の日影が窓からさしこんで来て、彼の頭の上の天井を金色に染めました。マイダスには、この黄色い日影が、寝床の白い覆布《おおい》に何だか変な風にうつっているような気がしました。それをもっとよく見て、リンネルの布地が、まるでまじりけのない、きらきらした金の織物のように変っていたことを知った時の彼の驚きと喜びとはどんなだったでしょう! さわれば何でも金になる力が、朝日の光と一しょに、彼に授ったではありませんか!
 マイダスは喜びのあまり、気違いのようになって飛び起きました。そして部屋中を駆け廻って、何でもその辺にある物を手当り次第につかみました。彼が寝台の柱の一つをつかむと、それはたちまち丸溝《まるみぞ》のついた金の柱になりました。彼は自分がおこなっている奇蹟を、もっとはっきりと見るために、窓掛を一枚引きよせましたが、窓掛の総《ふさ》がまた手の中で重くなったと思うと――もう金のかたまりになっていました。彼は机から一冊の本を取上げました。ちょっとさわっただけで、その本はわれわれが近頃よく見るような立派な装幀《そうてい》の、金縁《きんぶち》の本みたいになりましたが、指を紙の間に通すと、これはしたり! それは金箔を綴《と》じたようになって、中に書いてあった立派な文句はすっかり見えなくなってしまいました。彼は急《いそ》いで着物を着ました。それがまた金の布地で仕立てた堂々たる衣装に変ったので、彼は夢中になりました。それはいくらかその重みで、荷になるような気がしましたが、地質の柔軟《やわらか》さはもとのままに残っていました。彼は小さなメアリゴウルドが縁取《ふちどり》をしてくれたハンカチを取り出しました。そのハンカチもまた、可愛いメアリゴウルドが手際よく、きれいに縁をずうっと縫ったあとが金糸となってついたまま、金になってしまいました。
 どうしたわけか、このハンカチが金になったということだけは、マイダス王もあまりうれしく思いませんでした。彼も、小さな姫の手芸品だけは、姫が彼の膝に上って、彼の手に渡した時そのままであってほしかったのです。
 しかし些細《ささい》なことで気を揉んでもつまりません。マイダスはそこで、自分のやっていることを一層はっきりと見るために、ポケットから眼鏡を取り出して、鼻にかけました。その時分には、一般の人達が使う眼鏡は出来ていなかったが、王様達はもうかけていました。でなければ、どうしてマイダスだって眼鏡を持っている筈がありましょう? ところが、彼が大変|面喰《めんくら》ったことには、そのガラスは上等だのに、ちっとも見えないことが分ったのです。しかしこれほど当り前なことはないわけで、というのは、はずして見ると、透徹《すきとお》っていた筈の上等ガラスが、金の板になってしまっていて、勿論、金としては値打があっても、眼鏡としては使いものにならなくなっていたからでした。いくらお金があっても、役に立つだけの眼鏡を二度と持つことが出来ないような貧乏人も同様になったということは、どうも困ったことだとマイダスは思いました。
『しかし、大したことじゃない、』と、マイダスは大変落着いて、独り言をいいました。『多少の不便が伴わないで、大変いいことがあるなんて思うのは虫がよすぎるんだ。さわれば何でも金になるような力のためには、少なくとも盲《めくら》にさえならなければ、眼鏡の一つ位は棒に振ってもいい。わしの目は普通のことには不自由はしないし、それに小さなメアリゴウルドも、じきにものを読んで聞かせてくれる位の大きさにはなるだろう。』
 お目出度いマイダス王は、彼の幸運をあんまり喜んでしまって、王宮さえも彼がはいっているには少し狭いような気がしました。そこで彼は階下《した》へ下りて行きましたが、そのとき彼が手でずうっと撫でて下りた階段の手欄《てすり》が、磨いた金の棒になってしまったので、またにこにこ顔になりました。彼は扉の※[#「金+巽」、第4水準2−91−37]《かきがね》を上げて(それもほんの今し方まで真鍮だったものが、彼の指が離れた時にはもう金になっていた)、庭へ出ました。ちょうどそこでは、沢山の美しい薔薇が満開で、そのほかに蕾やら、八分咲きやら、いろいろありました。それが朝のそよ風の中に、えも
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