利用することは、いさぎよしとしなかった。
『自分の頭で話を作り出す力はいうまでもないこと、学問も僕ほどある人が、一年中を通じて、一日でも、君達子供のために、新しい話が出来ないようじゃ情《なさけ》ない、』と彼は言った。『だから今日は一つ、われわれの大きなお祖母《ばあ》さんともいうべきこの地球が、まだ上張《うわっぱり》を着て、よだれかけをかけていたような時代に、よろこんで聞いたような、大昔のお話をして上げよう。そんなお話なら百ほどもあるんだが、それがとっくの昔にどうして少年少女達のための絵本にならなかったか、僕には不思議なくらいだ。それどころか、そんなお話を、白いお髯《ひげ》を生やした、えらいおじさん達が、ギリシャ語の黴臭《かびくさ》い本の中で研究して、それが何時《いつ》、どうして、何のために出来たかなんて、頭をひねっているだけなんだからね。』
『まあいいよ、まあいいよ、ユースタスにいさん!』と子供達はみんな一しょに叫んだ。『話の説明はもういいから、始めて下さい。』
『じゃ、一人残らず坐って、』とユースタス・ブライトは言った。『そしてみんな二十日鼠のように静かにしてらっしゃい。たとえそれが大きな、いたずらのプリムロウズからでも、小さなダンデライアンからでも、或は又ほかの誰からでも、ちょっとでも邪魔がはいったら、僕はお話を途中で切ってしまって、あとはもう言わないことにするよ。しかし、はじめにちょっと訊いておくが、君達のうちで誰か、ゴーゴンってどんなものだか知ってる人がある?』
『あたし知ってます、』とプリムロウズが言った。
『じゃ黙ってらっしゃい!』とユースタスが言った。彼は寧《むし》ろ彼女がそんなことを知っていない方がよかったと思ったんだが。『みんな黙ってらっしゃい。僕がゴーゴンの首についての、面白い、いいお話をして上げるからね。』
 そして彼は、読者が次の頁から読み始められる通りに、話をした。彼は大学二年の学識をもとに、豊富な才気を働かして、アンサン教授のおかげを大いに蒙りながら、しかも彼の空想の奔放な大胆さが命ずる場合には、すべての古い典拠を無視して、話を進めた。
[#改ページ]

    ゴーゴンの首

 パーシウスは或る王様の娘ダネイの子でした。そしてパーシウスがまだほんの小さな子供の頃、悪い人達が、お母さんと彼とを箱に入れて、海へ流してしまいました。風がいきおいよく吹いて来て、その箱を沖へ押し出し、こわい大波がそれを上下にゆすぶりました。その間、ダネイは彼女の子供を胸に抱きしめて、今に大きな波が、その泡立った波頭《なみがしら》を彼等二人の上にぶっつけて来やしないかと、びくびくしていました。しかしその箱はどんどん流れて、沈みもしなければ、ひっくり返りもしませんでした。そしてとうとう、日も暮れかかった頃になって、或る島の近くに漂って行ったので、一人の漁師の網にかかって、無事に砂浜の上に引上げられました。その島はセライファス島と云って、ポリデクティーズ王がそれを治めていましたが、この王様はちょうどその漁師の兄弟でした。
 仕合せなことには、この漁師はとても人情深い、真直《まっすぐ》な人でした。彼はダネイとその小さな子とに、たいそう親切をつくし、パーシウスがたいへん強い、活発な、そして武芸に達者な、立派な若者になるまで、彼等の面倒を見ました。これよりずっと前に、ポリデクティーズ王は、この流れ箱に乗って彼の領地へ来た母子《おやこ》の他国者を見ていました。彼は彼の兄弟の漁師のように善良な、親切な人間ではなく、とても悪い人でしたので、パーシウスをあぶない冒険に出して、亡《な》き者にし、その上でお母さんのダネイに対して、何かたいへん悪いことをしようと決心しました。そこで悪者の王様は、ずいぶん暇をつぶして、一体若者が引受けそうなことで、何が一番危険だろうかと考えました。そしてとうとう、彼の注文通り、命にもかかわるようなことになりそうな冒険を思いついて、若いパーシウスを呼びにやりました。
 若者が王宮へまかり出て見ると、王様は玉座に坐っていました。
『パーシウス、』とポリデクティーズ王は、ずるそうに彼にほほ笑みかけながら言いました、『お前も立派な若者になったなあ。お前とお前のよい母親とは、わしの兄弟の漁師からだけでなしに、わし自身にも大変世話になった。だからその幾分なりとも、恩返しするのがいやだとは言うまいな。』
『はい、陛下、』とパーシウスは答えました、『御恩にむくいますためには、命をも惜しみません。』
『うむ、それでは、』と王様は、ずるそうな微笑を唇に浮かべながら、つづけました、『わしはお前に、ちょっとした冒険を頼みたいのじゃ。そして、お前は勇敢な、冒険好きの若者だから、きっとそれを、お前が勲《いさお》をたてるための願ってもない機会にめ
前へ 次へ
全77ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三宅 幾三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング