して下さるだろう。彼の名――(これだけは本名を知らしておこう、というのは、彼はこうして活字になるような話をしたことを、非常な名誉と心得ているのだから)――彼の名はユースタス・ブライトといった。彼はウィリヤムズ大学の学生で、たしかこの時には、もう十八歳にもなっていたかと思う。だから彼は、ペリウィンクル、ダンデライアン、ハックルベリ、スクォッシュ・ブロッサム、ミルク・ウィード、その他、彼の半分か三分の一くらいな年の子供達に対しては、まるでお祖父《じい》様のような気がしていた。彼はちょっと眼を痛めて(今日《こんにち》の学生は、熱心に読書をしたことを証拠立てるために、そんな風にちょっと眼を痛めたりするのを必要なことのように考えているらしいが)、学期が始まってから一二週間学校を休まなければならなかったのだった。しかし私などは、ユースタス・ブライトほど、遠くも見え、物もよく見えそうな眼をしている人には、めったに会ったことがないような気がするくらいなんだが。
この博学の学生は、ほっそりとしていて、アメリカの大学生がみんなそうであるように、蒼白《あおじろ》かった。そのくせ健康そうで、まるで靴に翼《はね》が生えているのかと思われるほど、身軽で活発だった。それに、小川を渉《わた》ったり、草原を歩いたりすることは、何よりも好きなので、今日の遠足にも、ちゃんと牛の皮の深靴を履《は》いて来ていた。彼はリンネルの寛衣《ブラウス》を着て、羅紗《ラシャ》の帽子をかぶり、緑色の眼鏡をかけていたが、この色眼鏡は、おそらく眼のためというよりも、それがために何だかえらそうに見えるという伊達《だて》からかけていたのであろう。しかし、いずれにしても、彼はそれを別にかけなくともよかったのだ。何故なら、小さないたずらっ児《こ》のハックルベリが、玄関の段に腰かけている彼のうしろへそっと廻って、彼の鼻から眼鏡を手早くはずして、自分でかけていて、彼が取りもどすのを忘れているうちに、草の中へ落してしまったのが、翌年の春までそのままうっちゃってあったようなわけなんだから。
さて、ここで是非言っておきたいのは、ユースタス・ブライトが、不思議な話の語手《かたりて》として、子供達の間に大変な人気があって、彼等がもっともっとと、いつまでも際限なくせがんだりすると、たまにはいやな顔をして見せるけれども、彼が果してそうした不思議な話をして聞かせること以上に好きなことがあるかどうかは疑わしいということである。だから、クロウヴァやスウィート・ファーンやカウスリップやバタカップや、その他彼等の仲間の大部分が、霧の晴れ上がるのを待つ間、何かお話をして頂戴《ちょうだい》と彼にせがんだ時、彼の眼が輝いたことは読者も想像出来るだろう。
『そうよ、ユースタス従兄《にい》さん、』と、笑ったような眼の、鼻がちょっと天井を向いた、十二歳になる利口な少女のプリムロウズが言った。『あなたがよくあたし達を根負《こんま》けさしてしまうようなお話をして下さるのに、朝ほどいい時はたしかにないことよ。一番面白いところへ来て、いねむりをしたりなんかして、あなたに怒られる心配がないんですもの――小さなカウスリップとあたしとは昨夜《ゆうべ》そうだったでしょ。』
『意地悪のプリムロウズ、』と、六つになるカウスリップが叫んだ。『あたし、いねむりなんかしなかったわよ。ただ、ユースタスにいさんがお話していることが見えるかと思って、目をつぶっていただけよ。にいさんのお話は、夜聞いてもいいわ。だって、寝てからその夢が見られるんだもの。それから朝だっていいわ。その時は起きたまま夢のように考えてればいいんだもの。だからあたし、にいさんが今すぐお話して下さるといいと思うわ。』
『小さなカウスリップ、ありがとう、』とユースタスは言った。『いいとも、僕が考えついた一番いいお話をして上げよう。意地悪のプリムロウズに対して、カウスリップがこんなにまで、僕の肩を持ってくれたことだけのためにもね。しかし、みなさん、僕は今迄にあんまり沢山《たくさん》君達にお伽話をして上げたので、少なくとも二度以上しない話なんて一つもないんじゃないかしら。もし僕がその中の一つをまた始めると、何だかあなた方は本当に眠ってしまいそうだね。』
『そんなことはない、ない、ない!』と、ブルー・アイやペリウィンクルや、プランティンや、その他五六人が叫んだ。『私達、前に二三度聞いた話なら、よけいに好きなんです。』
そして、子供達の場合に限って、話というものは、二度や三度はおろか、幾度でも繰返せば繰返すほど、彼等の興味が深くなって来るらしいということは事実である。しかし話の種はいくらでも持っているユースタス・ブライトは、もっと年取った話手ならばよろこんで捉えたかも知れないこうした附目《つけめ》を
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