箱のことばかりでした! まるでその箱に魔法がかかっていて、それがこの家にはあまり大きすぎて、それがあるとパンドーラが始終それにつまずき、エピミーシウスも同じようにそれにつまずいて、ころんでばかりいて、二人とも向脛《むこうずね》に生疵《なまきず》が絶えないとでもいったような気持がしました。
とにかく、エピミーシウスは、可哀そうに、朝から晩まで、箱のことばかり聞かされるなんて、本当につらい気がしました。殊に、そんな楽しい時代には、地上の子供達も、屈託《くったく》というものにまるで慣《な》れていなかったので、それをどうしていいか分らなかったのです。そんなわけで、その頃には、ちょっとした屈託でも、今日《こんにち》の大きな心配事と同じ位に人の心を乱したのでした。
エピミーシウスがいなくなったあとで、パンドーラはじっとその箱を見つめて立っていました。彼女はその箱のことを、百遍以上も、醜《みにく》いように言いました。しかし、さんざんけなしつけはしたものの、それはたしかに家具としては大変美事なもので、どんな部屋に置いても立派な装飾になったでしょう。それは黒ずんだ、ゆたかな木理《もくめ》がおもて一杯にひろがった、美しい木で出来ていました。そのおもてがまた、小さなパンドーラの顔が映って見えるほど、よく磨かれていました。彼女には、ほかに鏡とてはなかったのですから、このことだけからでも、彼女がこの箱を大切に思わないのは、おかしいわけでした。
その箱の縁《ふち》や角《かど》には、実に驚くべき腕前で彫物《ほりもの》がしてありました。ふちには、ぐるっと、美しい姿の男や女や、見たこともないような可愛らしい子供達があらわしてあって、それらが一面の花や葉の中に、凭《よ》りかかったり、遊んだりしているのでした。これらのいろんなものが、とてもよく出来ていて、しっくりとまとまっているので、花と葉と人とがつながり合って、複雑な美しさを持った一つの花環とも見えました。しかしパンドーラは、一二度、その刻《きざ》まれた葉のかげから、あまり美しくない顔だか何だか、いやなものが、ひょいひょいと覗いたような気がして、それがために、すべてほかのものの美しさが台なしになりました。しかし、なおよく見て、何か覗いたような気のした辺を指でさわって見ても、何もそんなものはありませんでした。本当は美しい、どの顔かが、横目でちらっと見ると、醜いように見えたのでしょうか。
顔のうちで一番美しいのは、蓋のまん中に、高浮彫《たかうきぼり》という彫り方で出来ている顔でした。蓋の板は、磨きをかけて、黒っぽい、なめらかな、ゆたかな美しさを出し、そのまん中に、額《ひたい》に花の冠を巻いたその顔があるだけで、ほかに細工はしてありませんでした。パンドーラはこの顔を幾度も幾度も眺めて、その口もとは、生きた口と同じように、笑おうと思えば笑えもし、真面目な顔つきになろうと思えば、またそうもなれそうな気がしました。実際、その顔つき全体が、大変いきいきとした、そしてどちらかといえば、いたずららしい表情をしていて、それがきっとその木彫《きぼり》の唇から、言葉になって飛び出して来そうに思われるくらいでした。
もしもその口が物を言ったとしたら、大抵、次のようなことででもあったでしょう。
『こわがるんじゃないよ、パンドーラ! この箱をあけたって何事があるものかね? あの可哀そうな、馬鹿正直のエピミーシウスのことなんか気にすることはないよ! お前さんはあの子より賢いし、十倍も勇気がおありだ。この箱をあけなさい、そして、何か大変きれいなものがありはしないか、見てごらん!』
僕はも少しで言うのを忘れてしまうところだったが、その箱は締《し》めてありました。錠前とか、何かほかのそういったようなものでなしに、金の紐を大変込み入った結《むす》び方にして留めてあったのです。この結び目には、終りもなければ、始めもないように見えました。大変むずかしくひねくり廻して、とても沢山の出入りがあって、それがどんな手先の器用な人でも、ほどけるならほどいて見よと、憎らしくも威張っているように思えるのですが、こんな結び目もないものでした。しかし、それをほどくのが大変むずかしそうなので、よけいにパンドーラはその結び目をしらべて、それがどんな風に出来ているか、ちょっと見たくなって来ました。彼女はもう、二三度はその箱の上にかがんで、その結び目を親指と人差指との間につまんで見たことはありましたが、それをいよいよほどいて見ようとまではしなかったのでした。
『あたし本当に、それがどんな風に出来ているか、分って来た気がするわ、』と彼女は一人で言いました。『いや、あたしはそれをほどいてから、また結び直すことさえ出来そうだわ。ほんとに、それ位なことをしたって、何でもありは
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